バーチャル・シンガー「初音ミク」はなぜ生まれた?キャラクターデザインの裏側と人気が衰えない理由

2022年11月3日

“みくみくにしてあげる♪”というフレーズでおなじみのキャラクター「初音ミク」をご存知だろうか。ヤマハ株式会社(以下、ヤマハ)が開発した歌声合成技術と、その応用ソフトウェアである「VOCALOID(製品名)」をもとに、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が開発した歌声合成ソフトウェアのバーチャル・シンガーだ。

ニコニコ動画やYouTubeなどをよく視聴する人であれば、初音ミクの姿を一度は見たことがあるかもしれない。大勢のクリエイターが初音ミクを用いた作品をインターネット上に投稿することで、初音ミクはキャラクターとしても注目を集めるようになった。

そんな初音ミクは、2022年8月31日で誕生15周年を迎えた。最近ではファッションブランドや歌舞伎、日本舞踊など音楽以外のジャンルともコラボレーションすることも増えており、今や音楽業界以外でもその名を轟かせている。

では、なぜここまでの人気と知名度を獲得するに至ったのだろうか。今回は、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社(以下、クリプトン)代表取締役の伊藤博之さんに、初音ミクの誕生秘話と15年間の変遷について話を聞いた。

2022年8月31日で誕生15周年を迎えた「初音ミク」。今や誰もが知るバーチャル・シンガーだ


歌声の再現に苦戦!バーチャル・シンガー「初音ミク」誕生秘話

クリプトンは、効果音などのサウンド素材を輸入販売する“音の商社”として1995年に創業した北海道・札幌の企業。パソコンでの作曲(DTM)に必要な海外ソフトウェアを輸入販売していた。取り扱っていた海外メーカーのなかにはボーカルのソフトウェア開発を試みるメーカーもあったが、歌声の再現には”多くの歌声を合成”する必要があり、とても苦戦していたという。

そんなとき、クリプトンはヤマハが人の歌声に近い精巧な音声合成技術「VOCALOID」を開発していることを知り、製品化を検討。その後2004年11月に「MEIKO」(メイコ)、2006年2月に「KAITO」(カイト)を発売。そしてヤマハが開発した「VOCALOID2」と2つの製品開発で得たノウハウをもとに「初音ミク」の開発をスタートし、2007年8月に発売した。

「初音ミクを制作するにあたり、MEIKOとKAITOの経験を生かして、キャラクターの設定をさらに練ってみようということになりました。また、MEIKOとKAITOの音声はプロの歌手に担当していただいたのですが、初音ミクには声優を起用しています。理由としては、『おもしろい』『かわいい』『かっこいい』などキャラクター性のある『声』で歌声合成ソフトウェアを商品化したら、きっとおもしろい反響が得られるだろうと思ったからです。なお、製品パッケージのイラストですが、MEIKOは弊社の社員が描いたもの。初音ミクはネットや同人界隈で活躍するイラストレーターさんにお願いしました」

「MEIKO」「KAITO」と比べて初音ミクはメカニックな印象を受ける


そしてインターネットで活躍していたクリエイターたちが初音ミクを使った2次創作を次々と制作したことで、ニコニコ動画やYouTubeなどの動画サイトを中心に一大ムーブメントが巻き起こった。また、2015年頃からは日本史や音楽の教科書に掲載され、バーチャル・シンガーとしての地位を確立していった。

初音ミクのモデルは“シンセサイザー”!

初音ミクは音楽ソフトウェアとしての性能の高さもさることながら、そのキャラクターデザインに魅力を感じる人も多いだろう。ブルーグリーンの髪とネクタイにシャツという、シンプルではあるもののとても印象に残るデザインだ。さらによく見てみると、スカートやアームカバーなどにメカニックな要素が散りばめられている。これには一体どんな意味があるのだろうか。

「初音ミクのルーツである『コンピューターミュージック』をデザインに盛り込むという方針のもと、ヤマハさんが開発したシンセサイザーの傑作『DX7』をモチーフにしています。また、ユーザーの方が初音ミクを見たときに音楽ソフトウェアであることを想起していただけるようにしていますね。言うなれば“シンセサイザーの擬人化”です」

初音ミクの公式衣装の詳細

初音ミクのアームカバーのデザイン画※キャラクターデザインを検討していた当時の資料より


そんな初音ミクのことを、フォークやジャズ、クラシックといったさまざまな音楽ジャンルから知る人も多い。そのほか日本舞踊や歌舞伎など、異色のコラボレーションも少なくないが、これほどまでに幅広いジャンルで活躍する理由は何なのだろうか。

「初音ミクのコンセプトはあくまで“音楽ソフトウェア”なので、『萌えキャラ』『美少女キャラ』といったキャラクターのイメージをあえて固定しないようにしています。これからもジャンルを問わずいろんなイベントに出演して、キャラクターを通じていろんなものを生み出していきたいですね」

前述のとおり、ファンによって初音ミクのイラストやフィギュア、楽曲などの制作が盛んに行われている。なかでも、ネギを片手に両頬のぐるぐる模様が特徴的な「はちゅねミク」はクリプトンも公認のキャラクターとして、グッズ化されたり漫画になったりしたことも。こうしたファンの創作活動も、幅広い層に認知されたきっかけの1つと言えるだろう。

世界ツアー「HATSUNE MIKU EXPO Rewind+」が開催!

初音ミク関連のイベントでは、ファンが参加できる企画も数多くある。たとえば初音ミクの誕生日である8月31日に、世界中のファンが1つのWEBアプリを通じて繋がる「初音ミク・バースデー・メッセージ企画」だ。Songle Syncという技術を使い、世界中でぴったりと同期して再生される初音ミクの音楽に合わせて事前に募ったメッセージが表示されるというもので、世界中のファンが同じ時間を共有できる内容だ。


そして来る2022年11月6日(日)には、初音ミクの世界ツアーシリーズを映像で振り返るイベント「HATSUNE MIKU EXPO Rewind+」(以下、Rewind+)が開催される。2022年6月に開催された前回の「Rewind」では、「Rewind=巻き戻し」というタイトルどおり、2014年のインドネシア公演から始まった世界ツアーシリーズのこれまでの総集編が無料で配信された。

「HATSUNE MIKU EXPO Rewind+」が2022年11月6日(日)に開催!前回の「Rewind」のパワーアップ版なんだとか


そんなRewindのパワーアップ版として、世界ツアーならではの雰囲気をより実感できるように再編集された特別映像が、再び無料で配信される。「『世界ツアーに参加したい!』と思ってもらえるようなイベントにしたいです」と意気込む伊藤さんに、Rewind+の見どころについて聞いた。

「コロナ禍もあって、2020年1月のヨーロッパ公演を最後に海外では開催していませんでした。なので今回は『次こそ現地で!』という思いを込めて、過去に開催したイベントの現地の様子がわかる映像を追加しています。これが前回からパワーアップした主な要素ですね。また、再構成にともない曲目もアンケート形式で公募した内容をもとに作成していますので、ファンの方はもちろん、初音ミクについて詳しくない方もぜひご参加ください!」

「HATSUNE MIKU EXPO 2018 EUROPE」パリ公演の様子。ヨーロッパ各国のファンが駆けつけた

モニターには「今夜、初音ミク」の文字が。公演開始前の高揚感が伝わってくる

公演の様子。曲に合わせてペンライトを振るファンの一体感は「すばらしい」のひと言に尽きる


そのほか「イラストレーション・コンテスト」や「SONICWIRE Presents 楽曲リミックス・コンテスト」では、イラストや音楽作品をコンテスト形式で公募するなど、こちらもファンが参加できる企画となっている。※募集期間は終了

クリエイターと共に歩くシンガーに。初音ミクのこれから

初音ミクが誕生してからの15年間は、動画市場が大きく拡大した時代でもあった。「動画配信がしやすい環境になったことで、創作活動がよりカジュアルになっている傾向がありますね」と話す伊藤さん。また、コロナ禍によってその傾向は強くなっているんだとか。

「コロナ禍になってから、音楽スタジオで練習できないバンドマンの方が初音ミクを使って作曲しているといった声もたくさん聞きます。ほかにも、自宅で楽しめる趣味として初音ミクを使用して創作活動を始めた方が増加するなど、動画市場の拡大やコロナ禍によって、初音ミクの需要はさらに高まってきていると感じています」

幅広いジャンルとのコラボに海外進出など、活躍の場を広げていく初音ミクはこれからどのような価値を生み出していくのだろうか。最後に今後の取り組みについて聞いた。

「これからの初音ミクの展望として、これまでもそうだったように、これからもクリエイターたちと共に歩んでいけるような存在でい続けたいと思います。まず歌声ソフトとしては現在新しいボイスを開発中です。キャラクターの展開については、コンテストやイベントなど、クリエイターさんにさらなる発表の場を提供していきたいです」

伊藤社長と初音ミク。これからのさらなる展開が楽しみだ


誕生から15年。初音ミクはもはやプロも初心者も関係なく、人々の生活に寄り添うキャラクターの1人だ。リモートワークの普及によってコミュニケーション不足が進む今こそ、「初音ミク」を通して人との繋がりを作ってみるのもいいかもしれない。

取材・文=西脇章太(にげば企画)