手紙やはがきを送る際に使う「切手」。2021年には日本で初めて切手が発行されてから150年を迎えるなど、日本人にとって当たり前に存在する文化の1つだ。切手に施されたデザインはいずれも精巧な作りをしており、使用せずにコレクションしている人も多いのだとか。
しかし、連絡手段としてメールやSNSが主流となっている昨今、書面でコミュニケーションを取る文化が衰退しつつあるのが現状だ。とはいえまだまだ愛用者の多い切手だが、一体誰がどんな意味を込めてデザインしているのか、考えたことはあるだろうか?
そこで今回は切手制作の裏側に迫るべく、日本郵便株式会社(以下、日本郵便)切手・葉書室 切手デザイナーの玉木明さんと貝淵純子さんに話を聞いた。(2022年12月取材)
在籍する切手デザイナーは8名!知られざるデザインの裏側
切手は大きく2種類に分けられ、日本の自然や風景などを描いた「普通切手」と、特定のテーマはあるものの比較的自由な題材を扱った「特殊切手」がある。そして現在販売されている切手のデザインは、日本郵便に所属する8名の切手デザイナーが制作したものとなっており、彼らがそのすべてを手掛けている。
「切手デザイナーは旧郵政省の技芸官が前身で、私が入省した1991年の段階で5人在籍していました。そこから2014年に7人、2017年に8人となり現在に至ります。デザイナーそれぞれに違った個性があるので、毎年さまざまなデザインが生まれていますね」
例年、約40件の特殊切手が発行されており、年末には翌年度に発⾏する切手の題材や発行日を記載した
「特殊切手発行計画」
が発表されている。では、ここから発行までには一体どのようなプロセスがあるのだろうか。
「月に一度、切手デザインの決定のための会議があり、1つの切手につき複数のデザイン案を出し合います。そして発行日の約6カ月前には採用するデザインの全容が決定しますので、今は来年の6月に発行予定のものが決まったくらいですね。ぜひ楽しみにしていてください!」
切手のユーザーは法人と個人で大きく2つに分かれるが、法人のユーザーは業務用として購入することが多いため、実用性を重視するそう。一方、個人の場合は切手をコレクションしたり、私信に貼ったりとデザインを重視する傾向があるとのこと。そのため、“使いやすさ”と“デザイン性”が採用の大きな基準となっている。「双方のニーズに合った、バランスの取れたデザインを考案するのに苦労しています」と玉木さん。
切手シートが“重箱”に様変わり⁉︎遊び心たっぷりのアイデア
毎年発行される特殊切手は、人気アニメキャラクターとのコラボレーション切手から、「絵本の世界シリーズ」や「国宝シリーズ」といったものまで多彩なラインナップ。切手ファンにとって特殊切手発行計画は、大きな楽しみとなっている。
そんな特殊切手のなかには、思わず「これって本当に切手なの?」と感じるような驚きの作品がある。例えば、切手デザイナーの1人である丸山智さんが担当した「天体シリーズ特別切手帳」では、“丸型の切手”という意表を突くデザインで多くのユーザーを楽しませている。
また、切手デザイナーの星山理佳さんが手掛けた「和の食文化シリーズ 第4集」は、切手シートのミシン目で2つ折りすると、なんと和菓子が入った重箱に様変わり。
日本郵便株式会社Webサイト内の切手発行一覧ページ
では玉木さんと貝淵さんをはじめ、8名それぞれの切手デザイナーが手掛けた特殊切手が見られるので、気になる人はチェックしてみよう。
こうした斬新なアイデアや発想は、年賀はがきの切手部分(料額)のデザインにも生かされている。以前SNSを中心に話題となったのが、「干支の物語が12年後に動き出す」というもの。これは2015年に星山さんが考案した料額のデザインで、未年である2003年の年賀はがきの切手部分に羊がマフラーを編んでいる様子が描かれているが、それから12年後の2015年にはそのマフラーが完成するというストーリー仕立てとなっていた。
「ほかにも、2004年の申年のときに温泉に入っていた1匹の猿が、12年後には2匹になっていました。また、2005年の酉年の時は1匹の雄鳥が、2017年には卵になっていたりと斬新なんです。このアイデアは12年前から考案していたわけではなく、2015年に星山がたまたま未年の担当になった際に思いついたみたいです。人をアッと驚かせるのが好きな人で、私たちも彼女が担当するデザインをいつも楽しみにしていますね」
SNSを中心に「切手女子」が増加中!変化する切手文化
近年はパソコンやスマホ、SNSなどの進化によって、切手に触れる機会がずいぶんと減ってしまった。しかし、2012年に誕生した日本郵便のキャラクター「ぽすくま」の登場によって、状況が少しずつ変化しているのだとか。
「日本郵便公式LINEアカウント「郵便局[ぽすくま]」では、ぽすくまが特殊切手の宣伝をしていて、そこから切手のファンになってくださる方もいらっしゃるんです。その影響もあってか、主に20代から40代の女性を中心に『切手女子』と呼ばれる方が増えていて、切手の魅力を拡散してくださっています。さらに、以前と比べて弊社主催のイベントに若い女性がご来場くださることも多くなったので、その傾向をより実感していますね」
これまで、切手は「東海道新幹線開通記念切手」や「東京五輪記念切手」といった、時代を反映した多種多様なテーマで発行され、多くの人たちの思い出を形にして残してきた。そして同時に大切なコミュニケーションツールとして、手紙とともに長く愛され続けてきた存在でもある。玉木さんと貝淵さんは、「例えば相手が好きなお花の切手を貼って送ってあげると、それだけでとても良いコミュニケーションが図れますよね」と話す。送り主の人柄や温かみを感じる、デジタルではかなわないコミュニケーションだ。
「今の若い世代の方は手紙や切手になじみがある世代ではないですが、結婚や出産、引っ越しなどで周りに手紙を出される際に、一度その良さに気付かれるみたいです。こんなふうにわずかでもいいので、若い世代の方に触れていただけるとうれしいですね。私たちも引き続き、興味・関心を持っていただけるような取り組みを行っていきたいと思います」
手紙やはがきを送る時になにげなく貼っている切手だが、「これを送ったら喜ぶかなぁ」などと相手のことを思いながら選ぶことで、SNSやメールではなかなかできない心のこもったコミュニケーションを図れるかもしれない。たとえ小さな切手1枚でも、そこに時間をかけた分だけ、きっと受け取った相手にとって特別なものとして形や記憶に残るだろう。
取材・文=西脇章太(にげば企画)
※2022年12月取材時点の情報です。