国内ではもちろん、日本食の代表格として世界でも広く知られている料理「すき焼き」。かつて牛肉が高級品と言われていたこともあり、すき焼きは年末年始や特別な日に食べる“贅沢品”といった印象を持つ人が多いかもしれない。
毎年1月24日は、明治天皇が初めて牛肉を食した日として「すき焼きの日」(または「牛肉記念日」と言われる)が制定されており、これがすき焼き文化を日本中に定着させる大きなきっかけとなった。しかしすき焼きには「牛鍋」と呼ばれるものがあったり、逆に牛肉を入れない地域があるなど、地域によってけっこうな違いがあるようだ。特に「東と西で味わいが違う」というのは有名な話でもある。
今回は、エバラ食品工業株式会社(以下、エバラ食品) 商品開発部の渡邊哲也さんに、日本のすき焼き文化における関東と関西の違い、地域性を聞いた。
「すき焼き」の呼び名は関西発祥!関東と関西の違い
すき焼きの始まりは1643年まで遡る。日本最古の料理専門書「料理物語」に記載されている、すき焼き自体の原型と言われる「杉やき」は、タイなどの魚介類と野菜を杉材でできた箱に入れてみそ煮にするという、現在のすき焼きとは全く違う料理だった。そして時代は流れ、明治時代に入ると「神仏分離令」によって長らく禁止だった肉食が解禁され、同時に「牛鍋(現在の関東風のすき焼きの原型)は文明開化の象徴」と国を挙げてキャンペーンを行ったことで、瞬く間に日本の人気料理となった。
「料理研究家の草分けである本山荻舟の『平凡社大百科事典』によると、“すき焼き”の呼称はもともと関西発祥であり、関東では“牛鍋”と呼ばれていたそうです。しかし1923年に発生した関東大震災で多くの牛鍋屋が閉店。そんなとき、関西から進出した『すき焼き屋』が牛鍋をアレンジし、割り下で煮込む関東風のすき焼きを作ったことで、すき焼きの呼称が広がっていったそうです。生卵につけて食べる習慣が広まったのも、この頃みたいですね」
現在は関東風が、しょうゆ、酒、砂糖、みりんなどを混ぜた割り下を用意し、割り下の中で牛肉や野菜を煮るというもの。対して関西風は、鉄鍋で牛肉を焼いて、砂糖としょうゆで味を調え、野菜を加えるのが一般的だ。溶き卵につけて食べるのは、関東・関西ともに共通となっている。
エバラ食品の「すき焼のたれ」も関東風と関西風を展開!
1980年代に入ると、飼料の改善や流通システムが整ったことで臭みのない牛肉が手に入るようになった。こうした社会的背景に伴い、エバラ食品は1981年に肉の味わいを引き立てるストレートタイプの「すき焼のたれ」(以下、レギュラータイプ)を発売。関東や東北を中心に販売が伸長した。しかし関西では割り下を使う習慣がないうえ、しょうゆの強い味わいがなかなか受け入れられなかった。そこで、1987年にしょうゆを抑えながらだしの旨味と甘味を強くした「すき焼のたれ マイルド」(以下、マイルド)を発売したところ、関西でも好評を得ることができた。
「現在でも両商品の販売地域は、レギュラータイプが関東、マイルドは関西となっています。おそらく関東風と関西風で商品が分かれていることを知らない方のほうが多いと思います。しかし、最近ではこれまでレギュラータイプを使用していたお客様が関西へ行かれた際にマイルドを使用される機会があるみたいで、『関西風のすき焼きが好きになった!』といったお声をいただくことが多くなりましたね。逆にずっとマイルドをお使いの方でレギュラータイプにチャレンジされる方もいるみたいですが、やはり『慣れない』と言われることが多いです(笑)」
そのほか、エバラ食品が2023年1月に30歳から69歳の女性を対象に行った「すき焼きに使用する具材」を聞いたアンケートでは、関東・関西ともに、牛肉、長ネギ、しらたき、白菜、きのこ類、焼き豆腐が上位6品に選ばれた。しかし、7位以下では地域による特徴が見られ、関東では半数近くの人が春菊を、関西では半数近くの人がうどん、タマネギ、麩を具材として選んでいた。これは関東では見られない結果だったという。
「なぜこれらの具材を選ばれているのかまではわかりませんが、うどんに関しては、関西特有のお好み焼きとご飯を一緒に食べるといった食文化が関係しているのかもしれませんね」
年末年始にすき焼きを食べる人は45%も!
こうして関東と関西のすき焼き文化が形成され、今に至るわけだが、実はこれらの地域以外にも日本各地ではさまざまな具材を使用したすき焼きがある。たとえば、北海道では牛肉よりも豚肉を好んで使用したり、高知県では葉ニンニクが好まれるなど、地域によって千差万別だ。
「滋賀県には『じゅんじゅん』というすき焼き風の郷土料理がありまして、名産である近江牛のほかに、鶏肉を使用しているみたいです。また、うなぎやナマズ、琵琶湖の固有種であるイサザを入れるといった、ほかの地域ではあまり見られない特徴があるみたいですね。外食店では砂糖の代わりに綿あめを使って見た目も楽しむこともあるそうです」
日本各地でそれぞれの特色を持つすき焼き文化だが、2023年の1月にエバラ食品が1096人を対象に行ったアンケートでは、「年末年始にすき焼きを食べている人」はなんと45%にものぼったそうだ。年越しそばやおせち料理のような、平安時代や江戸時代から続く慣習ではないにも関わらず、これほどまでに広く親しまれている料理はそう多くないだろう。
今日のすき焼きが食べられるようになってから150余年。当時日本中で大ヒットした料理が、今もなお多くの人たちにとって特別なものとして残っていることを考えると感慨深いものがある。これを機に、一度自身の出身地域以外のすき焼きを食べてみてはいかがだろうか。これまでのイメージを覆すような新たなすき焼きに出合えるかもしれない。
取材・文=西脇章太(にげば企画)