株式会社エポック社から発売されているボードゲーム「野球盤」。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に登場するなど、昔から日本の定番ボードゲームとして愛され続けている。
1958年の発売から今年で65周年を迎える野球盤は、実は日本の玩具メーカーから販売されている数ある商品のなかでも、特に古い歴史を持つおもちゃだ。誕生から現在までに数々の進化を遂げてきているのだが、発売当初のものと現在のものではどう異なるのだろうか。
今回は、株式会社エポック社(以下、エポック社) の担当者に、野球盤の誕生秘話を聞いた。
きっかけは“ほんの偶然”…「野球盤」誕生秘話
野球盤が生まれたのは、「ほんの偶然がきっかけ」だったという。もともとジグソーパズルを開発・販売する会社に在籍していたエポック社の創業者・前田竹虎氏は、1950年代当時に娯楽の中心だった野球をゲームにできないかと考えていた。
それまでにも野球をモチーフにしたゲームはあったものの、ピンボール型だったりサイコロやカードで判定を決めるものだったりと、実際の野球とは程遠いものばかり。対して前田氏が作りたかったのは、野球の本質である“投げて打つ”の駆け引きが楽しめる本格的な対戦ゲームだったそうだ。その実現のためのアイデアの発案は難航したが、糸口はひょんなところから見つかった。
「組みかけのジグソーパズルの上に、たまたまビー玉を落としたのがきっかけでした。パズルの上を転がった球がピースの凹形部分に落ちた様子を見て、野球盤の仕組みを思いついたそうです。盤面のくぼみに球を落とすことで判定を決めるゲームシステムは、この瞬間に誕生しました」
前田氏はこのひらめきを形にするべく、それまで勤めていた会社を退職し、野球盤を開発・販売するためのエポック社を1958年5月に立ち上げた。
前田氏の“本物志向”はゲーム性だけに留まらない。野球場そのものも忠実に再現しようと、立体的な盤の製作を家具職人に、盤上の選手人形の製作をこけし職人に依頼した。最初は「玩具など作れるか」と渋る職人たちを、あふれる熱意で説得をしたのだとか。こうして、盤の木枠部分にバックスクリーンが設置され、選手人形にも背番号やプロテクター、ミットが描かれるなど、細部までリアルな「野球盤」が誕生した。
当時の販売価格は1750円。現代で言えば約3万円もする高額玩具だ。その価格に、問屋やおもちゃ屋も「売れるのか?」と心配していたそうだが、満を持して1958年に発売を開始すると、月産2000台を記録。生産が追いつかなくなるほどの大ヒット商品となった。
遊びの幅を広げた「野球盤」の3つの大進化とは?
担当者は、野球盤がロングセラー商品となった理由を「時流を取り入れながらも、絶え間ない開発と進化を繰り返してきたからだと思っています」と話す。そのなかでも特筆すべき進化が3つある。
1つ目は「消える魔球」。ピッチャーから放たれた球がバットに当たる直前で盤面に沈み込んで空振りを誘うというもので、当時大流行していた野球漫画『巨人の星』に登場する、ホームベース上でボールが消える「大リーグボール2号」をヒントに開発されたギミックだそうだ。初めて実装された1972年発売の「オールスター野球盤BM型 魔球装置付き」はたちまち人気を呼び、野球盤歴代屈指の出荷数を記録するまでになった。
2つ目が、2010年発売の「野球盤 スラッガー」で実装された「高反発バット」だ。このギミックによって、それまでは盤上を転がるだけだった打球が、初めて空中に浮いて弧を描き、スタンドに入る現実の野球同様のホームランを再現できるように。攻撃側のプレーの幅が広がった。
最後が、2015年発売の「野球盤 3Dエース」で初めて実装された「3Dピッチング機能」だ。ついに投球が宙を浮くようになり、この進化をきっかけに2018年発売の「野球盤 3Dエース モンスターコントロール」では、実際のピッチャーさながらに、高め・低め・真ん中・内角・外角といったコースの投げ分けができる「3Dコントロールピッチング機能」も備わった。これにより、バッターとのさらなる本格的な駆け引きが楽しめるようになった。
「消える魔球」は時代を取り入れた進化、「高反発バット」や「3Dピッチング機能」、「3Dコントロールピッチング機能」はリアルな野球の再現に力点を置いた進化と言えるだろう。これらのギミックはユーザーからも非常に好評だったそうで、現在発売されているモデルにももれなく実装されている。
そのほかにも、磁石を利用して変化球が投げられるモデルがあったり、盗塁判定機能やスピードガン機能が搭載されたりなど、野球盤は今日まで大小さまざまな進化を重ねてきている。
バット1つに大苦戦!リアルさに妥協なし
担当者によると、野球盤を企画するうえで意識している点は「野球場の“箱庭”とも言える盤面のなかで、いかに本物の野球に近づけられるか」だという。しかし、玩具という制約のなかでの再現には苦労も多いのだとか。
特に開発に苦心したギミックの1つが、ホームランを打てるようになった「高反発バット」。当初はバットをゴルフクラブのアイアンのような形にすることで、浮き上がる打球を打てるようになるところまでは研究が進んでいたそうだ。だが、それでは見た目が野球のバットと同じにはならないため、開発が行き詰まってしまった。
「どのように本来の丸い先端を実現するか長い間悩んでいましたが、ある日、知り合いの草野球チームの方から、硬い素材と柔らかい素材を組み合わせた『ハイブリッドバット』というものを教えてもらいました。実際に購入して触ってみましたが、従来のバットとは感触が異なり、その柔らかさにとても驚きました。実際にこのバットを使うことで飛距離が伸び、バッティングがさらに楽しくなったという使用者の声も後押しとなり、野球盤でも複合素材のバットの研究に取り組むことになりました」
そして幾度もの試行錯誤の結果、アイアンの形をしたバットの金属部分に特殊なラバーキャップをかぶせることで、バットの形状を再現することに成功。さらに外野フェンスを設置することで見た目のリアリティを演出するだけでなく、時折発生する、ライナー性の打球がプレイヤーの顔に向かって飛んでいくのを防ぐ安全性への配慮も完備。本物の野球さながらのホームランの再現に向けた開発のヒントも、本物の野球のなかにあったというから非常に興味深い。
“本物志向”の進化で、世代を超えたおもちゃに
65年間という長い間進化を続け、累計販売台数1400万台を突破した野球盤。その根底にあるのは、初代野球盤から変わらない“本物志向”だった。
「おかげさまで、さまざまな世代の方々から『自分が遊んだ野球盤はこうだった』といったお話をたくさん聞かせていただいてます。実際の球場のピッチャーマウンドやバッターボックスに立っているかのような気分に浸ってもらえる、リアリティーを追求していくのが私たちの目標です。今後も、さらに立体的な野球の再現方法はないか、研究を続けていきます。どの世代にも垣根なく真剣勝負ができる野球盤を、末永く楽しんでいただきたいです」
本物の野球の再現に向けた妥協のない開発と進化の結果、野球盤はロングセラー玩具の代名詞となった。そして、長く愛され続けているボードゲームだからこそ、今では幅広い世代間での対戦を可能にし、新たな対話を生む玩具にもなろうとしている。単なる遊び道具に留まらない、大きな可能性を秘めた野球盤の進化にこれからも目が離せない。
取材・文=小賀野哲己(にげば企画)