「日ペンの美子ちゃん」って知ってる?姿を消していた昭和・平成時代の広告塔が復活を遂げたワケ

2023年7月25日

漫画や雑誌の裏表紙にある、「日ペンの美子ちゃん」(にっぺんのみこちゃん)という9コマ漫画を見たことはないだろうか。ペン習字講座の広告として連載されていた漫画だが、本のデジタル化が進むことで一時は「日ペンの美子ちゃん」も姿を消していた時期があった。

しかし2017年に完全復活し、Twitterの公式アカウントを開設。現在“6代目美子ちゃん”として精力的に活動している。6代目美子ちゃんは最新作の映画や時事ニュースを話題にしながらペン習字講座の宣伝をしており、デジタル化にも負けずに活動の幅を広げている。最近ではSNSでその存在が話題になることも増え、公式アカウントのフォロワーは6万人にのぼる。

昭和、平成を超えて令和の時代でも活動を続ける“美子ちゃん”とは一体何者なのか?株式会社学文社営業部の浅川貴文さんに、美子ちゃんの誕生秘話を聞いた。

2017年に完全復活した「日ペンの美子ちゃん」。現在は6代目となる


そもそも「ペン習字」が流行った理由とは?

1960年代、物を書くときにメインで使われていた万年筆から、利便性に優れたボールペンが一般的になった時代。ここから「ペン習字」が注目されるようになったという。慣れないボールペンを使って契約書や履歴書を書くことが増えたことに始まり、その後は30~40代を中心にニーズが広がったそうだ。

「ペン習字が30~40代に需要があった理由としては、子供の持ち物や連絡帳など、先生とのやり取りのために字を書いたり、役職が上がったことで署名を求められたりすることも増えてくるからだと推測しています」

そこで、さらにペン習字を広めるべく登場したのが美子ちゃん。日本ペン習字研究会(以下、日ペン)が運営する「ボールペン習字通信講座」の広告塔を務める女の子だ。

美子ちゃんの誕生のきっかけは、1972年に広告代理店との企画で、漫画という形で広告を打ち出したことだった。そのときはまだ、雑誌広告が盛んだった時代。ほかの広告と差別化すべく、当時まだ珍しかったカラーページを使うなど、工夫したことで人気に火がついた。

当時の作画担当は矢吹れい子という人物で、後に少女漫画家・中山星香として活躍している。その後、現在までに作画担当を変えながら6代目まで続いている。

「よく美子ちゃんの名前を『よしこ』ちゃんと間違えられるんですが、『みこ』ちゃんと読みます。美子ちゃんの名前には『美しい字を書く子』という意味が込められていて、シンプルなネーミングなんですが、これを機に定着してくれればと思います」

初代美子ちゃんは“恋する乙女”な一面も


歴代の「美子ちゃん」はどうやって誕生した?

前述したとおり、美子ちゃんは現在で6代目。初代・2代目は、“女の子が憧れるお姉さん”というイメージで描かれていたそうだが、作画担当が連載を持つようになると担当が交代となり、代々絵柄が変化している。そのタイミングで3代目は設定やイメージをガラッと転換し、「男性ファンも増やしたい」という思いから、“親しみやすいクラスメイト”というイメージ像になった。

男性にも受け入れられやすいように、デフォルメしたようなキャラクター造形が得意な作家に依頼。“クラスメイト”という設定上、漫画のネタも学校でのあるあるやイベントの話が中心となった。この頃には少女漫画誌だけでなく、男性誌にも掲載されるように。その後、新たな女性ファンを獲得すべく、4代目・5代目は少女漫画らしい絵柄に戻しつつもネタは学校でのあるあるなどが中心だった。

歴代の美子ちゃんを見比べるとそれぞれ印象が異なるようだ


そこからのデジタル時代への変化により、1999年に美子ちゃんは活動を休止。一時的に5代目美子ちゃんが活動したものの、実質的には18年ぶりとなる2017年に復活させるにあたり、6代目美子ちゃんには「これまでとは違う美子ちゃんにしたい」という思いがあったようだ。

「『CGっぽくするのか?』など、さまざま意見を交わした結果、『ベースの部分は、何十年も続けてきたものを大きく変えないほうが良いのではないか』という話になり、今の美子ちゃんの方向性が決まりました」

社内で「6代目はどんな美子ちゃんにしようか」と、リサーチを兼ねてさまざまなイラストを見ていたとき、「日ペンの美子ちゃん」のパロディ漫画「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」をウェブや同人誌で発表していたイラストレーター・服部昇大を発見。「自分たちが思い描いていた美子ちゃんはこれだ!」と、本人に連絡したという。

服部さんは80年代に見かけたようなレトロなイラストを得意としており、当時の漫画を研究しながらイラストを描いているそうだ。服部さんの絵や漫画への姿勢を見て、「本気で絵と向き合っている人に描いてもらうのが1番いい」と、6代目作画担当に採用することになった。

18年の休止期間を経て登場した6代目美子ちゃんは、“クラスメイトでも友人でもない、どこかですれ違った女の子”というコンセプトなのだとか。浅川さんは「“友達の友達”という距離感だと思ってもらえたら」と付け足してくれた。

「個人的には、立ち上げから関わっている6代目が1番印象的なんですが、3代目美子ちゃんもインパクトが強かったですね。3代目は、今見てもほかの美子ちゃんとは明らかに毛色も違いますから。男性向けにしたことで、『前までの美子ちゃんじゃない』という反応が多くあったと、後になって聞きました」

浅川さんが最も印象に残っているという3代目美子ちゃん。トホホなオチが定番だったようだ


活動拠点をTwitterに変えて復活!しかしコロナ禍には苦戦も

18年ぶりに活動を再開することになった美子ちゃんだが、“活動拠点をどこにするのか”が問題だった。これまでと同様に雑誌なのか、心機一転してSNSに変えるのか、作画担当が決まったあとも数カ月かけて話し合いを重ね、その結果、Twitterに決定。その理由の1つが、Twitterには新しいものや珍しいものに興味を持ってくれる人が多くいる印象があったからだという。Twitterでは情報の鮮度やスピード感が求められるため、かなり高頻度で連載を更新し、その甲斐あって美子ちゃんの再注目に繋がった。

「『美子ちゃん、まだいたんだ!』と懐かしむ声の中に、『なんだこのキャラクター?』という声もあり、新規層も呼び込むことにも成功しました。Twitterは情報が回るスピードが速いので、時事ネタを盛り込んだ通称“時事ネタ回”の反応がとてもいいんです。そういう理由もあって、今は時事ネタや季節ネタを多く取り入れて連載しています」

タピオカや江戸城再建など、時事ネタを盛り込んだ漫画がSNSで話題に


ただ、コロナ禍ではかなり苦労したのだとか。というのも、Twitter上でもコロナ関連のニュースが中心となり、クスッと笑えるような時事ネタがなかったり、漫画で扱うにはセンシティブな内容だったりと、ストーリー作りに苦戦したそうだ。加えて、美子ちゃんにマスクを着けてしまうと表情がほとんど隠れることから、作画の部分にも影響があったという。

美子ちゃん誕生50周年を迎えた2022年。しかし美子ちゃんは永遠の17歳!

漫画の中には「日ペン90年」「先生方も超一流」を必ず入れている。最近では擬音にまでしてしまう遊び心も


広告塔という枠を越え、新たな「美子ちゃん」を見せる

現在、美子ちゃんの勢いは加速しており、美文字レッスンの練習帳まで発売されるほどに。「日ペンの美子ちゃん」のセリフの文字が練習できる1冊となっていて、「萌え萌えきゅん」や「日ペン90年 先生方も超一流」など、実生活では使い道不明の文章も練習できるという遊び心が盛り込まれている。

「あれがおもしろい、これがおもしろい、と文章を選出して、師範にあたる先生にお手本を書いてもらうんですが、文章のラインナップを持って行くときになって急に『これ、大丈夫か…?』と冷静になったりしました。でも、先生も仕事ですから、真面目に『萌え萌えきゅん』と書いてくださいましたね。今思えば、プロに何書かせてるんだという話なんですが(笑)」

そのほか、真面目な内容の子供用の練習帳もあり、コロナ禍では一役買っていたのだとか。学校が休校になってしまい、家でどう勉強させたらいいのかと悩んだ親世代からの購入が多く、予想以上の売上に。もともとは30~40代に需要があったペン習字だが、10代にも需要があるのではないかと、今後の新たな目標も生まれたそうだ。

「美子ちゃんの練習帳」はファン必見の内容。大人が使っても楽しいはず


「今後は、今までとは違う美子ちゃんを前面に押し出していきたい」という浅川さん。6代目が“初”と言われるような取り組みを強化しているようで、その言葉通り、6代目美子ちゃんは国内屈指の自動車メーカーや人気のゲームなどとジャンルを越えたコラボを行っている。さらに、「意外とやっていなかったね」というひと言から、コラボカフェや原画展の開催、グッズの販売も開始した。

異業種のコラボにも積極的な6代目美子ちゃん。さまざまなメディアで活躍している


ペン習字講座の広告塔という枠を飛び出し、今では1人のキャラクターとして愛されている美子ちゃん。今後はどんな活躍を見せてくれるのか、期待せずにはいられない。

取材・文=織田繭(にげば企画)

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