関東屈指の駅弁「峠の釜めし」ヒットの理由は“売れなかった容器”との偶然の出合い!65年間で実売1億7000万食を突破

2023年8月31日

群馬県の高崎駅と長野県の軽井沢駅の中間にありながら、山間エリアであり、どちらかというと地元民の利用が多かった群馬県・安中市にある横川駅。

この静かな駅に突如として観光客が訪れるようになり、その名を全国に認知させたきっかけが、株式会社荻野屋の「駅弁 峠の釜めし」(以下、「峠の釜めし」)だ。1958年の発売当初は1日に30個ほどの実売だったというが、後に爆発的ヒットとなり、その支持は今日まで続いている。

自由におでかけができるようになった今、さまざまな土地の名物を食べに行く人も多いのでは?今回は株式会社荻野屋(以下、荻野屋)の担当者に話を聞き、「峠の釜めし」の歴史に迫る。

群馬県安中市のご当地グルメとして大人気の「峠の釜めし」の歴史に迫る!


“温かさ”を保つ容器を探す社長のもとに偶然の出合いが

荻野屋の創業は1885年。創業時からしばらくは、横川駅構内で弁当や土産品の販売を行っていた。しかし冒頭でも触れた通り、横川駅で下車する人は当時はまばらであり、弁当を購入する人はごくわずかだったという。

群馬県安中市にある現在の荻野屋本店


そんな状況を打破すべく立ち上がったのが、荻野屋4代目社長の高見澤みねじだったそうだ。荻野屋担当者はこう語る。

「みねじは、横川駅で弁当が売れない理由は“商品力の弱さ”にあるのではないかと考え、駅のホームで弁当を販売しながらお客様の意見を聞き歩き、開発のヒントを探っていました。当時の弁当は冷えたものが常識だったので、お客様からは『温かいものが食べたい』という声が多く、そこでみねじは『温かい弁当を実現できる容器はないものか』と探し始めました」

そのみねじのもとに持ち込まれたのが、当時お茶やそばつゆを入れる陶器を製造・販売していた取引先の「売れなかった小さな釜型の器」。当時のみねじが想定していた容器ではなかったが、「温かい弁当を実現できる容器」としては申し分ないものだった。

「その釜型の器を一見して、みねじは当社の弁当容器として採用しました。『お客様にご支持いただける良い品・良い弁当を作ることができれば必ず売れる』、その信念と偶然の釜容器との出合いによって、『峠の釜めし』が1957年に誕生しました」

「峠の釜めし」を考案し、荻野屋の名を一気に全国区にした4代目社長・高見澤みねじ(左)


誕生の翌年より横川駅で販売が始まった「峠の釜めし」だが、当初は売れても1日30個ほど。また、陶器の容器を採用したことで、それまで扱っていた駅弁と比較すると重量があることから、販売する際も相応の苦労があったという。

しかし、時間をかけながらもそのおいしさが徐々に世間に浸透していき、後にマスコミも無視できない駅弁となっていった。

「当時の雑誌に、『峠の釜めし』に関する小さな紹介記事が掲載されました。それをきっかけに、横川駅の販売員のもとに人だかりができるようになったんです。また、1967年にはみねじをモデルにしたテレビドラマが放映され、『峠の釜めし』の知名度は一気に上昇しました」

ヒットした以降も、顧客からの意見に耳を傾け続けた

みねじの努力に合わせて「峠の釜めし」の存在は全国に知れ渡るように


これまでの販売数は約1億個オーバー。皇室も愛する弁当に

2023年で誕生65周年を迎えた「峠の釜めし」だが、その味わいは昭和天皇陛下、上皇陛下をはじめ皇室でも愛されるようになったほどで、これまでに約1億7000万個の販売を実現している。

天皇陛下献上用「峠の釜めし」


現在も、基本のレシピは誕生当初から変えておらず、使われる食材の品質に関しては常に厳しく見極め、徹底した衛生管理のもとで製造・販売を続けているという。

「当社では創業当初より、食の安全に対し高い問題意識を持っていましたが、後年、美しく衛生的な環境を継続する『クレンリネス』の考え方をもとに、さらに徹底した衛生管理体制を導入しています。また、各直営店でお客様が使用された釜容器は、回収後、破損などがないかを細心の注意を払って確認し、使用できるのものについては洗浄・殺菌を行いリサイクル。さらに、2012年より陶器の器だけではなく、サトウキビの搾りかすなどが原材料のパルプモールド素材の容器を使った『峠の釜めし』を販売し、環境負荷の減少に努めています。ちなみに、お持ち帰りいただいた空の容器は料理を入れる器としてご利用いただけ、荻野屋の公式サイトではさまざまなレシピも公開しています。ただ、釜容器は繰り返し使用すると破損する場合があるのでご注意ください」

創業当初からの徹底した衛生管理、食材の品質の見極めは今日も継承され続けている

左が従来の陶器の器の「峠の釜めし」。右がパルプモールド素材の容器の「峠の釜めし」

いずれの容器でも、味わいには差がなく従来通りおいしく食べられる


誕生から65年。味を守りつつ時代に合わせた進化を遂げる

近年、荻野屋では新たなブランド展開のための直営店舗を東京エリアにも複数出店させており、なかには惣菜、地酒などを扱う店舗もあるそう。また、2023年からは直営店舗の一部で「峠の釜めし 冷蔵タイプ」の販売もスタートさせ、多様化するニーズに呼応する取り組みを実施し始めた。

新たなブランド展開により、東京エリアに出店した荻野屋の直営店

荻野屋ブランドの惣菜も絶品揃い!


今から65年前、偶然の出合いから生まれ、多くの人を魅了し続ける「峠の釜めし」は、新たなフェーズに入ったようにも映る。最後に、今後にかける思いを担当者に聞いた。

「1958年に山間の小さな駅である横川駅で販売を開始した『峠の釜めし』は、多くのお客様にご愛顧いただき、65周年を迎えることができました。今後もお客様に喜んでいただける商品、お客様の思い出に残る商品をお届けできるよう従業員一同取り組んでまいりますので、まだ食べたことがない方はぜひ一度ご賞味ください」

変わらない高品質の味わいを守り抜きながら、時代に合わせた進化を続ける荻野屋の「峠の釜めし」。新展開も気になるところだが、初めての人はぜひ横川駅に訪れて、その歴史を味わってみて。

「峠の釜めし」のさらなる未来にも期待を寄せたい


取材・文=松田義人(deco)

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