福岡県のご当地ヒーロー「ドゲンジャーズ」って知ってる?コロナ禍で苦しむ人々を救った特撮番組の実態

2023年9月8日

今や全国に存在するご当地ヒーロー(ローカルヒーロー)。2006年頃からブームが始まったご当地ヒーローの白熱ぶりはすさまじく、もはや「ヒーローがいない地域はない」と言われているほど。なかでも福岡県には2012年に生まれた「フクオカリバー」や、2013年に登場した「キタキュウマン」など、さまざまなヒーローが存在している。

そんな“実在するヒーロー”が結集して作られた特撮番組があるのをご存知だろうか。2020年から毎年春にKBC九州朝日放送およびTOKYO MXで放送されている「ドゲンジャーズ」は、九州征服を狙う悪の秘密結社と福岡のご当地ヒーローたちが戦う特撮作品だ。この番組、作っているのはなんと“日本初の悪役専門イベント会社”という、ユニークな裏側がある。

今回は、「ドゲンジャーズ」をプロデュースする株式会社悪の秘密結社 代表取締役の笹井浩生さんに、「ドゲンジャーズ」誕生に至るまでの裏話を聞いた。

九州の実在するヒーローたちが集結して作られた本格特撮ヒーロー作品「ドゲンジャーズ」(C)DGN


悪役専門の会社がご当地ヒーロー番組を作るようになった理由

「ドゲンジャーズ」を制作しているのは、「仮面ライダーシリーズ」などを手掛ける東映株式会社の特撮ドラマ制作に参加したメンバーが中心。そのため、特撮ファンが納得するほどに完成度が高く、放送日には毎週X(旧Twitter)で大盛り上がりに。

この番組をプロデュースしている株式会社悪の秘密結社の創業は2016年。代表の笹井さんは子供の頃からヒーローが大好きで、一時期はスーツアクターを目指していた。しかし挫折し、一度はヒーロー業界を離れたものの、夢を諦めきれず“悪役専門のヒーローショーイベント会社”を立ち上げたという。

「悪役専門の会社にしたのは、ヒーロー過多の業界で何かしら活路があるんじゃないかと考えたからです。起業した2016年の時点で、全国には約300体ものヒーローがいたんですよ。当時はご当地ヒーローブームやゆるキャラブームもあり、大勢の人が作っていましたから」

悪の秘密結社に属する悪役たち。画像中央の「ヤバイ仮面」が社長という設定(C)AHK


当初は「キタキュウマン」などのローカルヒーローショーに悪役を派遣する事業を行っていたが、2019年に転機が訪れる。福岡市に拠点を置く「大賀薬局」のヒーロー、「オーガマン」のプロデュース話が舞い込んできたのだ。

「大賀薬局の社長さんから、『薬剤師のヒーローを作りたい』と相談されました。そこで、今まで培ってきた経験やノウハウから、世間に当たりそうな要素を全部詰め込んで『オーガマン』を作ったんです。“薬剤戦師”と称して生まれた『オーガマン』は、後にXアカウント(当時はTwitter)でもバズを起こしました。初ポストは2時間で6万リポストを記録し、リアルイベントなどでもファンを獲得する結果となりました」

「薬育」(薬を正しく飲む教育)をテーマに活動する「オーガマン」。大賀薬局の大賀崇浩社長自身が変身しているという設定(C)OHGA-Pharmacy.


まるで九州版「アベンジャーズ」!?「ドゲンジャーズ」誕生秘話

「オーガマン」の人気から笹井さんがひらめいたのが、ヒーロー番組の制作。 当時、笹井さんは大賀薬局の社長に『人気が出たので、ヒーロー番組をやりませんか?』と提案したという。この提案を受けて社長は「オーガマン」単体での映像化を考えたそうだが、笹井さんは「それは得策ではない」と言い、別案を提案することになった。

「東映さんや円谷プロダクションさんといった、業界の金字塔である会社のヒーローは、親子2世代3世代にわたって愛されています。過去に登場したキャラクターの力を使ったり、過去に人気だったヒーローが再登場したりと、親子で楽しめるように歴史を縦に掘っているんです。でも『オーガマン』は生まれたばかり。その代わり、実在するヒーローでもあります。なので、歴史の浅さを認識しつつ、横面で見るべきだと提案しました」

歴史を横軸で見る。そのときに参考にしたのが、マーベル・コミック原作の「アベンジャーズ」だった。

「『アベンジャーズ』は同じ時間軸にいるヒーローたちが集合して、一致団結して戦う作品です。当時、九州には既に『キタキュウマン』『フクオカリバー』『エルブレイブ』『ヤマシロン』といったヒーローたちが実在していて、我々も一緒に仕事をしていました。なら、みんなで横並びになって作品を撮れば、世界のトレンド的にも当たる可能性が高くなるのではないか。そう考えて、『ドゲンジャーズ』を始動しました」

「枠(ローカル)を超えろ」が「ドゲンジャーズ」のキャッチコピー(C)DGN


「オーガマン」の誕生から約2カ月後の2019年11月、笹井さんと大賀社長を中心にドゲンジャーズ製作実行委員会が立ち上がり、プロジェクトがスタート。笹井さんの奔走により制作体制が整い、KBC九州朝日放送の枠も獲得した。放送日時は毎週日曜の朝10時。九州では「仮面ライダー」とヒーロー戦隊番組に続く枠だ。

「ほかのヒーローに話を持って行ったときは、『え、本当にやるの!?』とびっくりされましたね。特に『キタキュウマン』は話を信じていなかったです(笑)。撮影が2020年の1月からだったので、間に合うように2週間で台本を書き上げました。みんなの合意があって企画が進んだというよりは、『やるけん!』って勢いで走った感じです」

コロナ禍とほぼ同時の放送開始に、勇気づけられる視聴者多数

こうして2020年4月から放送開始した「ドゲンジャーズ」1stシーズンは、異例の高視聴率を獲得。視聴者からは思いがけない声も届いた。

「コロナ禍だったこともあってか、『死のうと思うほど辛かったけど、やめました』とか、医療従事者の方から『キツすぎて仕事を辞めようと考えていたけど、もうちょっとがんばります』といったお手紙をいただくことが多かったです。僕たちはただ、自分たちがおもしろいと思うものを作っただけなんですけどね。観てくれた人は『楽しい時間を提供してくれた』って思ってくれたみたいで、うれしかったです」

「ドゲンジャーズ」には笹井さん自身も悪役「シャベリーマン」として出演している(C)AHK


2ndシーズンからはTOKYO MXでの放送も決まり、晴れて本州進出。シーズンを重ねるにつれて知名度は増し、苦労していたロケ地選びも各所から声がかかるようになったんだとか。ファン層も福岡とそれ以外で半々を占めるようになっていったため、2ndシーズン以降はあえて「福岡」という地名を極力出さないようにしているそう。

「1stシーズンでは『福岡』って単語を使っていましたが、今は『この場所、この街』と言っています。ほかの地域の方が観たときに、自分の街やフィクション上の街に置き換えて楽しんでもらえるかなと思って」

また、番組自体を存続させるために、生き残り作戦としてオフィシャルスポンサー制度を導入。初年度こそ登場ヒーローの母体である企業のみが出資していたが、2021年からはスポンサーの出資もあり、番組は継続している。その裏には、コロナ禍におけるエンタメ業界の苦労と、笹井さんたちの思いがある。

「1stシーズンの撮影中に新型コロナウイルスが流行し、放送がスタートした4月には1回目の緊急事態宣言が出ました。エンターテインメント業界が壊滅していたので、『これはまずいよね』と、会社として危機感を持ちましたね。生き残るためには、最も活路がある『ドゲンジャーズ』を継続させないといけない。そのため、スポンサー制度を導入して、たくさんの方々に支援していただきながら、お互いに支え合う作品を作ろうと考えました」

オフィシャルスポンサーは年々増え続け、4thシーズン放送の2022年には100社を超える企業がスポンサーとして名を連ねた。地元企業とともに駆け抜けてきた「ドゲンジャーズ」だが、意外なことに“地域振興”の視点を意識しだしたのは2023年からだという。

2023年4月からは、第4シーズンとなる「ドゲンジャーズ メトロポリス」が放送された(C)DGN


「続けていくことが文化になる」バランスよく地元振興を

「ドゲンジャーズ」を中心とした地域振興と、エンターテインメントという視点での自治体との協力関係は、放送4年目になる2023年から本格的に始動。それまで笹井さんは、「地元のために」といった意識を持っていたわけではなく、「俺たちがやりたいからやろう」という気持ちのほうが強かったと話す。

「実際にご支援をいただけるようになってから、『ドゲンジャーズ』を続ける意味をずっと考えていました。自分たちが何のために『ドゲンジャーズ』を作っていて、地域や社会に対して何の意味があるんだろうって。でも、進化と探求を続けた先で、『続けていくと文化になる』ということに気付きました。文化にするためには、この街の人たちと一緒に『僕たちこういうことができるから、一緒に何かやりませんか』と、無理のない範囲で進む必要があります」

7月末まで実施されていたクラウドファンディングでは、福岡天神の親不孝通りエリアまちづくり協議会と提携(C)DGN


「地元とともに歩むことが、ひいては番組を観てくれた子供たちの“楽しい記憶”にもつながる」と話す笹井さん。今まで当たり前に行っていたことを改めて意識するようになり、「僕たちが毎日できる範囲でやっていることが文化で、それが社会のためになる」と考え方が切り替わったそうだ。今は福岡市や北九州市を中心に、地域の人々と一緒にどう盛り上げていくかを模索している途中だという。

「しばらくは、何か新しくものを作ることはあまりしないと思います。限られた時間の中で皆さんが無理なく取り組めるように、今までやってきたこと・起こったことの延長線を、自治体や企業さんと一緒に歩み始めたところですね。そのうえで僕らが目指しているのは、“はっちゃかめっちゃかでふざけた空間”です。そのためには、定量と定性のバランスを取り続けることが大事だと考えています。定量は数字。定性は『真面目にアホなことをやろう』という感覚。数字に振りすぎると『何をやっているんだ僕らは』となるし、自分たちのおもしろさだけを求めすぎても数字が追い付いてこない。その振れ幅をどれだけコンテンツに対してシミュレートできるかが、これから進むうえでは1番大切だなと思っています」

これからも九州地域を盛り上げるべく活躍する予定だという(C)DGN


“「ドゲンジャーズ」を福岡の文化にする”を掲げて行ったクラウドファンディングでは、目標金額を大きく上回る1700万円以上の支援を集めた。この秋には、海の中道海浜公園で「住友生命 Vitality Presents ドゲンジャーズ秋の体育祭」の開催も予定している。地域の人々と一緒にあらゆる壁を乗り越えたヒーローと悪役たちの戦いは、これからが本番だ。

取材・文=倉本菜生(にげば企画)

ウォーカープラス編集部 Twitter