実は地元・広島県でのみ知名度がない?「ビッグカツ」が苦難を乗り越えて駄菓子の定番となったワケ

2023年10月20日

ひとつ食べるとやめられない、駄菓子の定番「ビッグカツ」。広島県にある株式会社スグル食品(以下、スグル食品) が製造・販売するお菓子で、2023年で誕生45周年を迎える。子供のおやつから大人のおつまみまで、親子そろって楽しめるのが特徴だ。

そんなビッグカツだが、誕生の背景として、会社の倒産や原料不足、そして肉の食感の再現など、経営から開発までさまざまな危機と苦労を乗り越えてきたのだとか。

今回は、スグル食品・代表取締役社長の大塩和孝さんに、ビッグカツの誕生秘話や製造におけるこだわり、そして広島名物「カープかつ」の開発背景について話を聞いた。

駄菓子の定番「ビッグカツ」。大人にはおつまみ、子供にはおやつにと、幅広い層に愛されている


原料不足がヒットの鍵に!「ビッグカツ」誕生秘話

スグル食品の原型となる会社が誕生したのは、1948年のこと。当時、戦後間もないことから日本は食糧難に陥っており、とにかく生きるために必死の時代だった。スグル食品の前身の会社では、漁港で不要になったイカを仕入れ、伸ばしてサッカリン(人工甘味料の一種)をつけて甘くしたり、イカ天にしたものを売ったりして業績を伸ばしたという。

のしいか状にプレスされた魚肉加工菓子「いかサーティー」


しかし、その後に訪れた貿易の自由化によってイカの価格が下落し、その煽りを受けて会社は倒産。そこから創業者の息子兄弟がそれぞれ会社を立ち上げ、そのうちのひとつが後のスグル食品となった。

「当時、イカを加工する技術は持っていたものの、倒産経験のある会社だということで、原料の仕入れができませんでした。そんななか、広島県福山市に魚のすり身を原料とした『プッチン』と呼ばれる魚肉のシートを製造し、イカの代わりとしている会社を発見。『当社でも活用できないか』と考え、これをフライにして商品化しました。これが現在の『ソフトいか味天』という商品です」

魚肉を練ってシートを作る工程

「プッチン」と呼ばれる魚肉シートの形成工程

「ソフトいか味天」


そこからスグル食品は、魚肉のシートを甘く味付けしたものや天ぷらにしたものを販売し始める。そしてあるとき、「『いか味天』のような天ぷらができるなら、トンカツもできるのでは?」と思いつき、魚肉のすり身をシート状にしてパン粉をつけて揚げてみると、カツのような食べ物が完成。シートをより肉の食感に近づけるように工夫を凝らして開発を行い、ビッグカツの原型が誕生。1978年に発売を開始した。

発売当初はポットに入れた状態で販売していたそうで、「お腹をすかせた子供たちがお小遣いで買える値段にしよう」と、1枚の値段を10円に設定。しかし、この価格で利益を上げるためには全国展開が必須だったため、創業者自ら北海道から全国を駆け回って営業を行った。ビッグカツが全国的に知名度のあるお菓子になったのは、その結果だったと言える。

ビッグカツの前身「おやつカツ」


  1. 1
  2. 2

ウォーカープラス編集部 Twitter