靴下を長時間履いていて、締め付けによって足がむくんだり、摩擦や圧迫で肌にトラブルが発生したことはないだろうか。
そうした悩みを抱える人々に支持されているのが、奈良県の株式会社鈴木靴下(以下、鈴木靴下)が製造・販売する靴下「米ぬかソックス」だ。同社は、肌に優しく保湿効果のある「米ぬか」を使った世界初の「米ぬか繊維」を開発したが、そもそもなぜ米ぬかに着目したのか?
今回は、鈴木靴下の代表取締役社長である鈴木和夫さんに、米ぬかソックスの誕生経緯とその人気の理由について話を聞いた。

ぬか袋で床を拭いた体験が原点
1958年、奈良県にて農業と兼業する形で創業した鈴木靴下。当時まだ珍しかった子ども用靴下の製造に注力し、実績を積み上げた。1987年には、大手スポーツメーカーのOEM(※相手先ブランドによる受注生産)事業にも参入している同社だが、米ぬかに着目したきっかけとは何だったのか?
「私が小学生だったころ、母が作ってくれた『ぬか袋』で学校の廊下を拭いたことがありまして。当時は理由がわからなかったのですが、床がツルツルになり、とてもきれいになったのを見て驚いたのを覚えています。それが、米ぬかとの出合いでした」

大学卒業後、鈴木さんは鈴木靴下に入社。父親(鈴木靴下の創業者)の頼みで、頻繁に精米所に足を運んでいた。精米所で出る米ぬかは田んぼや畑に捨てていたが、鈴木さんはそれを見て「もったいない」と感じ、何かに有効活用できないかと考えた。
「『これを靴下に使えば、学校の廊下のように足もツルツルになる』と思い、米ぬかソックスの開発を始めました。ですが、米ぬかを靴下に利用するアイデアを糸の商社に提案しても取り合ってもらえませんでした。理由は、繊維質の素材は粉砕して糸にできるのに対し、米ぬかは粉末状で糸にすることができなかったからです」

試行錯誤の末、2006年に米ぬかソックス第一弾「歩くぬか袋(R)」を発売
鈴木さんは、米ぬかソックスの開発を諦めず、ある日、子どもが砂場で遊んでいる際に白い靴下が汚れるのを見て、米ぬかで靴下を煮込むことで、靴下に米ぬかを付けることができるのではないかと思いついた。「実際に鍋で米ぬかと靴下を煮込んでみましたが、乾燥すると付いたと思った米ぬかはきれいに落ちてしまいました」と鈴木さんは振り返る。

これではいけないと、米ぬかについてイチから学ぶため、行政の紹介で米ぬかの専門家である和歌山県工業技術センターの谷口久次さんを訪ねた。「米ぬかをそのまま糸にするのは難しいですが、米ぬかの成分を抽出して糸に加える方法はあります」と教えられた。
「保存方法も学びました。茶碗1杯分の米ぬかをフライパンで中火で3分ほど炒ると長期保存が可能になり、いつでも実験ができるようになったのです。さらに、アルコール度数30度以上のものをポリバケツ半分ほど用意し、水を加えて米ぬかを入れると成分を抽出することができると教わりました」
米ぬかの成分が洗濯しても落ちないよう、専用の接着剤を使用して試作品の靴下を製造した。約70名を対象に行ったモニター調査では、「足がツルツルすべすべになる」という声が多かった一方で、「数回の洗濯で効果が落ちる」といった意見もあった。この結果を受けて、紡績業者に相談し、米ぬかを糸に練り込むよう依頼した。
「実験を繰り返し、当初は滑りやすく酸化臭などの問題はありましたが、2006年に世界初の米ぬか成分入り繊維が完成しました。そして同年、米ぬかソックス第一弾『歩くぬか袋(R)』の発売にいたりました」

ついに完成した「歩くぬか袋(R)」を東京に持参し、新宿、渋谷、池袋などの大手専門店に商品を置いてもらおうと試みたが、どこも受け入れてくれなかった。しかし、知人の紹介で神戸・三宮で実演販売を行うことにした。そこで、年配の女性が購入した一足が初めての売り上げとなった。

累計12万足突破!「締め付けない靴下」が注目されたワケ
「歩くぬか袋(R)」に続いて、鈴木さんの娘みどりさんは、病気で靴が履けないほどむくみに悩む祖父(鈴木靴下の創業者)のために「締め付けない靴下」を開発。祖父の「同じように悩んでいる人がたくさんいるから、そうした人たちのために販売したらいい」という提案により、2017年に商品化が実現した。

その後、2020年にテレビが鈴木靴下を取材した際、偶然にも鈴木さんの父の言葉「この靴下締め付けない、きつくない」と書かれた掛け軸がデザインされたポスターが映った。その結果、放送翌日の午前中には役場に100件以上の電話が寄せられ、楽天市場の2億以上の登録商品(※2020年時点)があるなか、瞬く間に1位に急上昇したのだそう。

鈴木さんは、「これだけの反響があったのは、『米ぬか』で作った靴下の斬新さと、『締め付けない靴下』の開発ストーリーが合わさったからだと考えています」と話す。
そして2025年2月現在、「締め付けない靴下」は累計約12万足の売り上げを達成しており、そのほとんどが鈴木靴下の実店舗やECサイトでの売り上げなんだとか。また、この開発ストーリーもあり、敬老の日のギフトとしても人気があるようだ。
「機能性はもちろん、例えば、お孫さんが祖母に米ぬかソックスを贈った際、『昔は米ぬかで体を洗っていた』『米ぬかで廊下を拭いていた』と会話が弾むこともあるみたいです。つまり、コミュニケーションツールとしても適しているんですよ」

靴下だけでなく、肌着全般を手掛けていきたい
現在、鈴木靴下は、靴下だけでなく、ネックウォーマーやレッグウォーマーなど、肌着全般の商品を展開している。鈴木さんは、肌着の触感による肌トラブルに悩む人々への新しい提案を模索しており、「日本の方々はもちろん、いずれは海外の方にも着ていただきたい」と意気込む。
「米ぬかソックスを開発してから20年以上が経ちましたが、ようやくスタート地点に立てたと感じています。現在、米作りを始め、米ぬかソックスができるまでの過程をまとめた映像も準備しており、日本語だけでなく、中国語、英語の各バージョンも用意しています」

さらに、2025年8月までにブランディングやサイトの構築を完了させる予定とのこと。「すばらしいものができると確信しています」と鈴木さんは話す。加えて、地元で事業を行う理由についても教えてくれた。
「新商品のテスト販売は通常、東京などの都市で行われることが多いですが、あえて三宅町小柳という田舎町で販売することにこだわっています。トラクターしか通らず、春には小鳥のさえずりが聞こえ、夜にはカエルの鳴き声が響くこの場所で、米ぬかソックスが生まれた背景を大切にしたいのです」
そのため、スタッフには「無理にお客さまを呼ばなくてもよいです。しかし来客があれば、夏は冷房、冬は暖房をしっかり入れ、店内BGMも流していつでも対応できるようにしてください」と伝えているとのこと。
最後に、鈴木さんは「三宅町小柳で米ぬかと出合って50年以上がたち、そこから米ぬかソックスを販売して多くの方に愛されている。このストーリーは大手洋服店にはまねできない弊社の強みです」と強調した。

「幸せの始まりは足元から」という理念のもと、多くの人々の足元を支えてきた鈴木靴下。今後は日本国内にとどまらず、海外の人々の足元も支える存在になることを期待してやまない。
取材・文=西脇章太(にげば企画)