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「M-1グランプリ2020」優勝後も、自作ゲーム「野田ゲー」の開発や、パーソナルジム「クリスタルジム」の運営など、お笑いの枠を超えて多角的な活躍を見せるマヂカルラブリー・野田クリスタルさん。彼の活躍は、多くの若手芸人にとって新しい稼ぎ方や生き方の可能性を示している。
なぜ彼は「筋肉」に活路を見出したのか。クリスタルジムに込めた思い、そして変化し続けるお笑い界で生き抜くための哲学とは。野田さんのビジネス観と芸人論に迫った。
「今日は筋トレしたから大丈夫」心の平穏を保ってくれた筋肉
――M-1優勝後、ゲーム開発やジム経営など、新しい芸人の生き方を示しているように感じます。そもそも、なぜ「笑いに筋肉が必要だ」と考えるようになったのでしょうか?
【野田クリスタル】意外に思われるかもしれませんが、僕は筋トレみたいな地道なことが異常に性に合っていたんです。仕事がない芸人って、日々すごく不安になるんですよ。その中で僕の心の平穏を保ってくれたのが、間違いなく筋トレでした。
「ああ、今日は筋トレしたからもう大丈夫」「何もしなかったけど、筋トレだけはしたから頑張ったんだ」って。そう思うことで、仕事が月1本の売れてない時代を過ごすことができた。お金になるどころか出費にしかなっていなかったですけど、自分を鍛えるという行為が、心の支えになっていたのは間違いないですね。
――よく「筋肉は裏切らない」と言いますが、やはり実感としてありましたか?
【野田クリスタル】そうですね。お笑いは努力が結果に繋がるとは全く限らない世界。それに比べて、トレーニングはやればやっただけ結果がわかりやすく返ってくる。正直、なんてイージーな競技なんだ、楽でわかりやすいなって思いました。生まれ変わったら、ずっとこれをやっていたいと思えるくらい夢中になりました。
「マッチョって実はバカでかわいい」土台を築いた先輩芸人たち
――野田さんが本格的にトレーニングを始めたのはいつごろだったのですか?
【野田クリスタル】27歳のときなので、今から12年前の2013年ですね。世の中的に何かあったわけではなく、僕が一人暮らしを始めたのが一番大きいです。時間だけはたっぷりありましたし、ジムに行けば誰かいるじゃないですか。別に誰かと喋るわけじゃないですけど、人がいるのがうれしかった。あと、風呂とサウナがあったのも大きい。「これじゃん!」って(笑)。
途中からは、筋トレのためだけじゃなく、ちょっとしたもう1個の家みたいになって。行ってない日があると「あれ、家に帰ってないな」ってそわそわするくらい、ずっとジムにいました(笑)。
――当時のお笑い界で、ほかに体を鍛える芸人さんはいたのでしょうか?
【野田クリスタル】ダウンタウンの松本(人志)さんが鍛え始めたのが2009年ごろでしたっけ。僕が始めたころから、少しずつ体を鍛える芸人が増え出した印象はありますね。
ちょうどそのころ、RIZAPさんやエニタイムフィットネスさんのような、安くて気軽に通えるジムがどんどん増えて、芸人も通いやすくなったんです。それと、なかやまきんに君さん、庄司(智春)さん、小島よしおさん、春日(俊彰)さんといった先人たちが、マッチョなのにちゃんと弱い部分を見せて、おもしろい“バカ”をやってくれた。そのおかげで、「マッチョって、実はバカでかわいいのかもしれない」という土台が、世の中に出来上がりつつあった時期だったんです。僕らはその土台の上に立たせてもらっている感覚ですね。
「マッチョはいじっていい」お笑い界で腐ることのない平和なコンテンツ
――「マッチョ芸人」というジャンルに、「これはずっとやっていける」という勝ち筋を見出したのはどのあたりだったのでしょうか?
【野田クリスタル】一番は、「マッチョはいじっていい」ということですね。世の中、ルッキズムとか、いじっちゃいけないものがどんどん増えていくなかで、マッチョだけはOKなんですよ。なぜなら、本人が勝手にそうなったものなんで。これだけは無限にいじれる。マッチョ界隈って、ずっと平和なんです。だから、このコンテンツが腐ることはないなと。
それに加えて、世の中の健康志向がどんどん高まっていったのも大きいですね。コロナ禍もあって、ヘルスケアへの関心が高まったタイミングと、僕らがこれをやり始めた時期がうまく噛み合ったんだと思います。
賞レースだけが道じゃない。若手芸人のためのセーフティーネット
――クリスタルジムは、多くの若手芸人さんの働き場所にもなっています。設立当初から、彼らのセーフティーネットにしたいという思いはあったのでしょうか?
【野田クリスタル】ありましたね。今のお笑い界って、どうしても賞レースで勝つことに偏重しすぎているなと感じていて。僕自身がM-1で優勝してテレビに出させてもらってるんで、言うのも変ですけど(笑)。でも、昔はもっといろいろな売れ方があったはずで、そこに少し寂しさを感じていたんです。
だから、クリスタルジムが芸人の新しい道の1つになればいいなと。「テレビには出てないけど、ジムではすごく人気がある」みたいな芸人が生まれてきていて、実際に青木マッチョみたいなワケのわからんヤツがテレビに出ることで、「ああ、こういう道もあるんだ」っていうのが見えたんじゃないかなと思います。
――今後、スターになりそうな期待の若手マッチョ芸人さんはいらっしゃいますか?
【野田クリスタル】いっぱいいますね。どうやって世間にバレるんだろうという芸人ばっかりです。例えば「リボルバーヘッド」は、僕のラジオで謎のハマり方をしていて、わかる人にはわかるおもしろさがある。あとは、全然マッチョじゃないのに知識と資格だけで勝負する「スカイサーキット松本」とか、とにかくデカい「ミートマックス(肉限界)」とか。みんなジムではめちゃくちゃ人気があるんですよ。
テレビに出なくても稼げる時代。SNSが変えた芸人の売れ方
――ジムからスターを輩出するための戦略はありますか?今やテレビだけでなく、SNSで人気者になる道もあります。
【野田クリスタル】そうですね、別にテレビである必要は全くないと思っています。今って「一発屋芸人」がテレビから生まれなくなっているんですよ。昔だったらテレビに出ていたような、数秒でおもしろい芸は、みんなTikTokに移っている。だから、TikTokでバズるのって、実はすごく古き良き売れ方なんです。
ジムの芸人のなかにも、SNSをうまく使って、たぶん吉本の中でもトップクラスに稼いでいるヤツもいます。誰がどこでバズるか、本当にわからない時代ですよね。
「ビジネスをするな」お笑いを武器に異業種で戦う
――ジムやゲーム開発といった事業での経験が、本業のお笑いに還元されている部分はありますか?
【野田クリスタル】いえ、僕は逆ですね。お笑いでやってきた経験を、そのままゲームやジムの世界で使っている感覚です。ビジネスのことは今でも全然わかりません。最近、ようやく対談とかで偉い人と話す機会が増えて、「社会人ってこういうことをしてるんだ」って学んでいる最中です。15歳から吉本にいるので、社会人経験がゼロなんですよ(笑)。
でも、その業界の常識を知らないからこそ、僕の「お笑い」っていう武器が、他業界で“浮く”ことができる。それが強みなんだと思っています。だからビジネスに詳しい人から見たら、僕へのアドバイスは「ビジネスをするな」ということでしょう。「お前はあくまでお笑いという武器を使ったほうがいい」と。自分の強みを活かすことが一番大事なんだと思います。
――では最後に、野田さんがお笑いと筋肉で成し遂げたい最終的な目標を教えてください。
【野田クリスタル】芸人が体を鍛えることや、芸人がトレーナーをやるジムが、もっともっと当たり前の文化になってくれたらうれしいですね。
昔、「みんなあのゲームやってたよね」って言われるようなゲームを作りたかったのと同じで、「みんなあのジム行ってたよね」って言われるような存在になりたい。そのためには、もっと規模を大きくしていく必要があると思っているので、マッチョ芸人の皆の力を借りて、どんどん広げていきたいと思います。
取材・文=有賀俊澄(ウォーカープラス編集部)
撮影=若狭健太郎
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