心の孤立を解消する「小さな村」。精神疾患と共に生きる人を支える「KINOPPI CAFÉ」の挑戦とは?

2025年11月13日

コロナ禍を経て、「心が疲れた」と感じる人が増えている。厚生労働省のデータによると、うつ病や不安障がいなどの精神疾患を抱える人は、いまや約600万人。10年前の約1.5倍にまで増えた。外出の制限、働き方の変化、人との距離感の変化...便利になったはずの社会で、誰もが“つながりの希薄さ”を感じているのかもしれない。

そんななか、茨城県にある一軒のカフェが注目を集めている。その名は「KINOPPI CAFÉ(キノッピカフェ)」。一見すると、穏やかな時間が流れる普通のカフェだ。しかし、ここでは精神疾患を抱える人たちが、互いに支え合いながら働き、生きるための力を取り戻しているのだとか。

「ここは、心を治す場所というより、“自分を取り戻す場所”なんです」そう語るのは、運営元であるGOOD LIFE HOLDINGS 株式会社の代表・紀林(きのはやし)さん。今回は紀さんに、コロナ禍で心の不調が増えた背景、そして「KINOPPI CAFÉ」が“自分を取り戻す場所”として機能している理由について話を聞いた。

精神疾患を抱える人たちが「KINOPPI CAFÉ」に集う理由とはとは?【画像提供=GOOD LIFE HOLDINGS】


コロナ禍で急増した“心の疲れ”。その背景にあるもの

なぜ、これほどまでに精神疾患が増えてしまったのか。紀さんは「生活のリズムと人との関係性が同時に崩れたことが大きい」と話す。

「外出制限やテレワークの普及で運動量が減り、生活が単調になりました。体を動かさない生活は、心の不調に直結します。さらに経済的不安や将来への焦りが重なり、多くの人が“知らぬ間に限界を超えていた”のです」

精神的に不安を感じても、誰にも言えない。その孤独がさらに不安を増幅させる。紀さんによれば、ネガティブな情報が拡散されたことも、メンタルを揺さぶる要因になったそう。

「有名人の訃報や“他人の幸せな投稿”を目にするたびに、自分が取り残されたように感じてしまう。現代社会の“情報の多さ”も、心の負担を増やしています」

【図を見る】総人口が減少する一方で、障がい者人口は増加の一途をたどっている。社会全体に占める障がい者の割合は、今後ますます高まっていくことが予測されるそう【画像提供=GOOD LIFE HOLDINGS】


ただ一方で、メディアでメンタルヘルスが取り上げられる機会が増えたことで、「精神科に通うこと」へのハードルが下がったのも事実だ。

「“心の健康”をケアすることが“普通のこと”として認識され始めたのはよい変化です。ただし、治療だけでは人は“社会のなかの自分”を取り戻せない。そこを補う場所が、まだまだ足りないのです」

昨今、障害者の地域生活を支える国の予算は着実に増加しているのだとか【画像提供=GOOD LIFE HOLDINGS】


「支援する・される」ではない。“共に生きる”を形にした場所

「KINOPPI CAFÉ」は、その“足りない場所”を埋める存在だ。ここでは、精神疾患を持つ人が働き、地域の人と交わり、時に笑い合う。メニューを提供する手や、テーブルを拭く手の多くが、心に悩みを抱えた人たちのものだ。

「家庭でも職場でもない“第3の居場所”として、利用者が自分の役割を見つけ、自己肯定感を育てていく。それが『KINOPPI CAFÉ』の役割です。支援する側・される側という線引きはありません」

利用者たちは、カフェでの調理や接客をはじめ、畑での農作業、封筒づくり、国会議事堂のお土産の梱包作業など、さまざまな仕事に取り組んでいる。

紀さんが大切にしているのは、その作業そのものよりも、「あなたがいてくれて助かる」という実感を持てることだ。

「例えば、グループホームの仲間に手作りのおかずを届けたとき、『おいしい』『ありがとう』と声をかけられる。そのひと言が、生きる自信につながるんです」

誰かに頼られる経験が、自己肯定感を育む。“役割を持つ”というシンプルな行為が、心の回復を後押ししているのである。

調理、接客、農作業。誰かに「おいしい」「ありがとう」と声をかけられる経験が、失いかけた自己肯定感を育み、生きる自信へとつながっていく【画像提供=GOOD LIFE HOLDINGS】


「サービス」ではなく「村」をつくる。支え合いの形を再定義

「KINOPPI CAFÉ」の取り組みで特筆すべきは、障がい者とスタッフの間に「支援する側・される側」の線引きがなく、「KINOPPI CAFÉ」では、スタッフと利用者の間に上下関係がない。それどころか、スタッフが利用者にお願いごとをすることもあるのだとか。

「『荷物を運んで』『これお願いしていい?』と声をかけるんです。一方的に“支援する”のではなく、“頼る”ことが自然にある関係が大事だと思っています」

健常な人も疾患を抱える人も、高齢者も若者も、互いに支え合う。その“対等な空気”こそが、安心感を生み出している。

「実際に、引きこもっていた方が毎日外に出られるようになったり、家族との関係がよくなったりする変化が生まれています。“誰かに必要とされる”ことが、人を立ち上がらせるのです」

家族だけで支えきれない“心のケア”を、地域全体で支える。紀さんは、それを「現代に必要な“新しい村の形”」と表現する。「人は、理解してくれる誰かがそばにいるだけで救われます。『KINOPPI CAFÉ』は、その“誰か”を増やす場所なんです」と話す紀さん。

スタッフが利用者に「これお願いしていい?」と頼ることもあるのが、KINOPPI CAFÉの日常。上下関係のない対等な空気が、心の安心感を生み出している【画像提供=GOOD LIFE HOLDINGS】


“障がい者雇用”の先にある希望。企業にも広がる可能性

多くの企業では、いまも「障がい者雇用」を“義務”として捉えている。だが、「KINOPPI CAFÉ」が描くのは、もっと前向きな未来だ。

「障がいのある人を“支援の対象”ではなく、“一緒に働く仲間”と考える。そんな職場が増えれば、社会はもっと優しく、強くなれると思うんです」

仮に、製造業なら集中力を活かした作業工程を設計する。小売業なら、障がいのあるスタッフと健常者が一緒に接客をする。紀さんは、そんな“協働のかたち”を全国の企業にも広げたいと考えている。

「とはいえ、スタッフの意識を変えるのは簡単ではありません。“自分が何をできるか”ではなく、“相手ができるように自分が変わる”という発想が必要なんです。でも、それに気づけた瞬間、支援は一気に楽しくなるんですよ」

今では180人を超えるスタッフが辞めずに働き続けている。そこには、“誰かを変える喜び”ではなく、“自分が変わる喜び”がある。そして紀さんは、最後にこう語った。

「心の病は、“特別な誰か”だけのものではありません。誰にでも起こりうること。だからこそ、“共に生きる場”が必要なんです」

心を治す場所ではなく、”自分を取り戻す場所”。精神疾患を抱える人が社会とのつながりを見つけ、ふたたび歩き出すための「小さな村」が、ここにある【画像提供=GOOD LIFE HOLDINGS】


“心の孤立”を解消する小さな村、「KINOPPI CAFÉ」。そこから、やさしい社会のかたちが、いま確かに広がりつつある。

取材・文=西脇章太(にげば企画)

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