駅前やマンションの片隅に、錆びついた自転車がぽつんと置かれている...。そんな光景を目にしたことがある人も多いだろう。近年は自治体の取り組みやシェアサイクルの普及によって減少傾向にあるものの、放置自転車は今も都市が抱える身近な課題のひとつだ。
「関東圏だけでも、毎年約20万台の放置自転車が撤去されています。全国では60万台に上る規模なんです」と語るのは、KUROFUNE&Co株式会社(以下、KUROFUNE&Co)の担当・堀口樹さん。
自転車の利用が広がる一方で、管理や処分に頭を抱える人も増えている。そんななか、“放置自転車を買い取る”という新しい発想で注目を集めているのが、同社の自転車専門買取サービス「チャリンコMAN」だ。今回は、堀口さんに放置自転車の現状と、「チャリンコMAN」が目指す新たな循環の形について話を聞いた。
処分費が「収益」に変わる、新しい仕組み
一般的に放置自転車の撤去は「粗大ごみ」として扱われ、1台あたり500〜1000円の費用が発生する。「処分するだけでお金がかかるなんて…」と感じる人も少なくない。
「自転車は鉄だけでできているわけではなく、タイヤやサドルの革など素材が混在しています。分別が必要なため、どうしても人件費がかかってしまうんです。無料で引き取る業者もありますが、結局は管理会社や自治体の負担になるケースもあります」
そんな“負担の常識”を覆したのが「チャリンコMAN」だ。同社では、放置自転車を「すべて買い取る」方式を採用。どんなに古くても、数円〜数十円の価値をつけて買い取る。
「これまで“費用”だったものを“価値”に変える。駐輪場管理者やマンション管理組合にとっては、単なるごみ処理ではなく、資源活用の一歩になります」
さらに、放置された自転車の中には、実は「盗難車」が含まれている場合もある。「処分してしまえば“なかったこと”になる」。そんな“グレーゾーン”が業界には存在していた。
「産廃業者が回収して処分すれば、所有者が誰だったか追えなくなります。でも、買い取りにすることで“照会”が必須になります。これが信頼性を高めるポイントなんです」
「チャリンコMAN」は警察署と連携し、現場で盗難照会を実施。データベースと照合して不正車両を特定する仕組みを導入した。
「もし盗難車が見つかった場合は、正式に届け出を行い、持ち主に返還されることもあります。これは“モノの循環”だけでなく、“信頼の循環”を生み出す取り組みでもあります」
放置自転車は「お宝」の山?50万円の値がつくことも...
放置自転車のなかには驚くような“掘り出し物”もあるのだとか。「ドイツ製のヴィンテージマウンテンバイクが、オークションで50万円以上になった例もあります。新品より高いなんて、担当者も驚きましたね」と堀口さん。価値を見極めるのは、現場スタッフの技術と経験だ。
「メンテナンスを丁寧に行えば、自転車は何度でも“再生”できます。希少なモデルなら、ヴィンテージ時計やワインのように時間が経つほど価値が上がる。リユースのおもしろさはそこにあります」
それでも、「ボロボロの自転車なんて、買い取ってもらうほどの価値があるの?」と感じる人もいるかもしれない。たしかに、見た目だけで判断すれば“廃棄物”に見えることもある。だが、「チャリンコMAN」の仕組みは、単に再販を目的とするものではない。それは“循環のデザイン”をつくるビジネスだ。
「パーツだけでも活用できるケースがあります。フレームがダメでも、ライトやギア、タイヤチューブなどは再利用可能。部品の組み合わせ次第で、1台が“何台分もの資源”に生まれ変わるんです」
再販にあたっては安全性にも妥協しない。堀口さんは「欠損部品はすべて交換し、安全確認を徹底しています。今後は自転車整備士の民間資格を持つスタッフを増やし、本格的なリユース体制を整える予定です」と語る。
企業からの依頼が急増。「社会課題」と「安定収益」を両立
現在、「チャリンコMAN」への依頼の多くは個人ではなく法人・団体から寄せられている。マンション管理組合や駐輪場運営会社、公園、団地など、人が多く集まる場所での定期回収依頼が増加しているのだ。
「毎月、または2カ月に一度の契約で、継続的に買い取りを行っています。放置自転車が“発生する前提”でスケジュールを組むんです」
この仕組みにより、管理側は清掃コストを削減でき、同時に街の景観維持にも貢献できる。「撤去=出費」から「撤去=循環」へ──その小さな変化が、都市を持続的に保つ仕組みとして広がりつつある。
「車を手放す人が増え、自転車の需要は今後さらに高まります。通勤でも趣味でも“移動の自由”を支えるために、私たちは裏側からその循環を支えたいと思っています」
自転車が放置される理由は、引っ越しや故障、鍵の紛失などさまざまだ。しかし、その“終わり方”を変えれば、街の姿も変わるかもしれない。
「新しい自転車をつくるのではなく、今ある自転車にもう一度価値を見いだす。使われなくなったものを、必要とする人に届ける。その循環こそが、私たちのミッションです」と意気込む堀口さん。
“ただの放置自転車”を“ふたたび走り出す資源”に。「チャリンコMAN」が目指す、環境にも経済にもやさしい新しい街づくりに今後も期待したい。
取材・文=西脇章太(にげば企画)
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