乾燥や寒暖差により、体調不良や睡眠の質の低下が気になる冬。しかし、その要因には冬の空気や寒さだけでなく、“睡眠中の口呼吸”が潜んでいる場合もあるという。
今回は、気付かぬうちに生活にさまざまな不便を生んでいるかもしれない口呼吸について、みらいクリニック院長で内科医の今井一彰さんにインタビュー。口呼吸のリスクを指摘し、鼻呼吸に変える口の「あいうべ体操」を考案した今井さんに、口呼吸がもたらす影響や鼻呼吸の補助につながる「マウステーピング」、今日からできるセルフケアについて教えてもらった。
「鼻は天然の空気清浄機」医師が解説する鼻呼吸の役割
――はじめに、鼻呼吸と口呼吸の違いを教えてください。
【今井一彰】鼻呼吸の一番の役目は、体にとってよい空気を送り込むことです。人間はたまたま口で息ができますが、口で息をする動物は非常に稀なんです。たとえば、僕らが“口ではなくて鼻からご飯を食べる”ことをイメージしたらわかると思うのですが、口呼吸は“口の使い道を間違っている”ということになります
【今井一彰】鼻呼吸は、鼻毛、あるいは鼻の粘膜、副鼻腔などで空気中のゴミを除去して、細菌やウイルスをある程度無害化し、湿度や温度を高めて、肺にとって酸素がより楽に吸収できるような状態にする。鼻は肺へのお膳立てをして酸素を送り込む装置なんです。そういう意味では、“自然の空気清浄機”とも言えますよね。
――逆に、口呼吸にはどんなリスクがあるのですか?
【今井一彰】口呼吸になっていくと、歯並びが悪くなったり、虫歯が増えたり、歯周病が悪化したり、口臭が出たりと、まず口周りの健康が害される恐れがあります。口の中が乾燥しますし、口呼吸をする人には虫歯菌やプラークが多いということもわかっています。また、口を開けて寝ていると、口の中の酸性度が高くなって歯が溶け出していくんです。
――何気ない口呼吸が、口の健康に大きく関わってくるんですね。
【今井一彰】口周りだけでなく、風邪や扁桃炎も引き起こしやすくなりますから、扁桃炎から腎臓機能の悪化に、あるいはぜんそくや花粉症といった次の病気につながることもあります。また、鼻呼吸には脳を冷やす機能もあるのですが、口呼吸では脳が冷えなくなり、酸素の取り込みも弱くなるので、作業効率が落ちる、集中力がなくなってしまう、持久力がなくなる、ということも。加えて、口を開けて寝ていると血液が濃縮されてドロドロになるという研究もあります。さらに、姿勢も悪くなってきますね。
――口呼吸で姿勢が悪くなるんですか?
【今井一彰】口呼吸は、舌が下がって口がぱかっと開きます。すると下顎の位置が前にせり出して、猫背のようになっちゃうんですよ。特にお子さんには口呼吸による姿勢への弊害が多く見られますね。
――全身の健康や、仕事や生活の質にまで影響があるとは驚きです。特に睡眠中に口呼吸が多いとのことですが、なぜ寝ている間にそうなってしまうのですか?
【今井一彰】舌や口周りの筋力が弱いからです。筋力は歳とともに衰えていくので、口を閉じる筋力を鍛えないと舌が下がっていくんですね。寝ているとき、唇をしっかり閉じておけば舌は下がらないですが、筋力が弱くなると舌が下がり気道を塞いで、いびきをかいてしまうということも起きてきます。
【今井一彰】また、横になると頭部の血流が増えて鼻が詰まりやすくなります。なので、鼻が詰まりやすい方は口呼吸になってしまうこともあります。
暑さや寒さ、仕事も関係?環境・習慣が招く口呼吸
――年齢や生活習慣などで口呼吸になりやすい特徴があれば教えてください。
【今井一彰】年齢でいうと、赤ちゃんや小さなお子さんは、口笛やにらめっこのような口遊びが少なかったり、食生活にやわらかい食べ物が多かったりと表情筋を使わないため、口周りの筋肉の動きが弱くなります。
【今井一彰】それより年齢が上の方は、たとえば、1人でスマホを見ながら片手で食事をする人が増加していますよね。そうするとよく噛まないし、あまり噛まなくてもいいものを食べがちで、他人との食事と違って喋ることもないので、咀嚼する筋肉や表情筋が衰えていきます。また、「スマホ首」という言葉がありますが、下をずっと向いていると舌も下がって口が開きがちです。
【今井一彰】高齢者になってくると、喉に詰まってはいけない、噛むのが億劫、ということからやわらかい食事になったり、食事中に飲み物を飲むことで多く噛まなくてもよくなったりと、さらに口の力が衰えていきます。
【今井一彰】さらに、集中しているときに無意識に口を開けてしまうという人もいて、そこから集中性の口呼吸を招く場合もあります。
――挙げられた特徴に心当たりが多くてドキドキしています…。
【今井一彰】これはもう、皆さん同じです。筋肉を動かすのって、キツいし面倒くさいんですよ。硬いものを噛むよりやわらかくてとろっとしたものを食べるほうが楽だし、動かなくていいなら動かないほうが楽。そういう生活にはメリットもありますが、デメリットも多いということです。
――周囲の環境や季節で、口呼吸になりがちな条件はありますか?
【今井一彰】暑さや寒さは環境性の口呼吸になります。犬がハアハアとしている姿をイメージするとわかるように、鼻呼吸と違い、口呼吸は体を冷やすんです。なので、暑いときや高熱が出たときに、体を冷やすために口呼吸になってしまうことがあります。反対に、寒すぎるときに鼻で呼吸すると鼻の奥が痛くなりますよね。すると口呼吸になってしまいます。
【今井一彰】住環境では、交通量の多いところの近くに住んでいる、あるいは働いている方々は汚れた空気で鼻を悪くしやすいので、鼻を悪くして口呼吸につながりがちです。職業でいうと、よく喋る仕事…アナウンサーやテレフォンオペレーターのような方は口が開く仕事ですから、口呼吸になりますね。
――起きている間はわかっても、寝ている間の呼吸はなかなか自分ではわかりません。口呼吸を疑うサインがあれば教えてください。
【今井一彰】たとえば、目が覚めたときに喉がねばついたり、ヒリヒリしたりする方は、口を開けて寝ている可能性が非常に高いです。それから、睡眠が浅いと「尿を作るな」と指令するホルモンが出ずに、尿が作られ続けます。口呼吸は浅い眠りやいびきにつながりますから、夜中に何度も目が覚める、トイレに起きるという方は疑えますね。
翌朝から違いを感じる人も?鼻呼吸を補助する「マウステーピング」
――近年は、鼻呼吸を促すため「マウステーピング」という方法が話題になっています。仕組みについて教えてください。
【今井一彰】マウステーピングは、鼻で呼吸できるように口をテープで閉じるものです。口が開かなくなるのと同時に、舌の落ち込みを防ぎやすくするという働きもあります。唇というのは筋肉の巾着袋のようなもので、閉じた状態なら中にあるものも動かない、舌も下に落ち込んでいかないのです。なので、マウステープで唇を閉じておくと、寝ているときに舌を上のほうにキープしていくことにもつながります。すると、気道が舌によって圧迫されず、鼻で呼吸ができるというわけです。
――ちなみに、睡眠時につけるものだと鼻に貼る鼻腔拡張テープもありますよね。マウステープとは違うものなんですか?
【今井一彰】マウステープと鼻腔拡張テープとでは仕組みや役割が異なります。鼻を拡張できれば呼吸は楽になりますが、鼻腔が拡張しても口が開いていれば舌が落ち込んでしまって口呼吸になっています。また、鼻腔拡張テープの場合、息を吸ったときに鼻根部が落ち込むのを抑えるのですが、鼻腔拡張テープは合う方・合わない方がいて、日本人に多いとされる低い鼻の形では十分な変化を感じにくい場合もあります。
――今井さんは患者にもマウステーピングを勧めているとうかがいました。マウステープで変化を感じる人は多いですか?
【今井一彰】テープを使った翌日から「目覚めがスッキリしました」という方は本当に多いですよ。「口の中がスッキリしている」「喉がヒリヒリしなかった」「睡眠の度合いが深くなった感じがする」という声がたくさんあります。なかには、「昼寝のときにマウステープを忘れてしまって、起きたら口がすごく渇いていてびっくりした」なんて感想もあります。
【今井一彰】また、普段から鼻呼吸できている方も、布団や寝相によって口が開いてしまうということを防げますし、「お酒を飲むといびきをかいてしまうから、お酒を飲んだ日だけマウステーピングをする」という方もいらっしゃいます。
――昼寝ほどの短い時間でも、違いを感じる方がいるんですね。では、寝ている間にテープがとれてしまった場合は?
【今井一彰】鼻が詰まって無意識のうちに外してしまったり、お子さんやペットとじゃれた拍子に外れたりと、当然外れることもあるのですが、それまでの間は口が開きにくい状態を保てますし、楽に眠れたと感じる方も多いですね。外れたと気付いたときにまた貼り直していただけるとさらにいいですよ。
マウステープを使い続けるコツと今日からできるセルフケア
――マウステープはさまざまな種類が販売されていますが、選び方はありますか?
【今井一彰】市販の専用マウステープの中から、ご自身の肌や使い心地に合うものを選んでいただくとよいでしょう。専用テープはメーカーごとに素材や貼り心地に工夫があり、それぞれ特徴があります。ただ、「どんな感覚なのか試してみたい」という方は、最初はご自宅にあるマスキングテープやサージカルテープで試してみてください。
――なかには、マウステーピングを続けられない人もいると思います。継続するコツはありますか?
【今井一彰】マウステーピングを忘れてしまう方は、ほとんどの場合が寝落ちして忘れちゃうんですよ。なので、“布団に入ってから貼る”のではなく、“貼ってから寝床につく”という習慣を付けていただいたほうがいいと思います。また、マウステーピングに怖さがある方は、起きているときにテープを貼り、横になって30分ほど試してみるのも手です。
【今井一彰】それから、「寝る前にスキンケアをするためテープが剝がれやすい」という方もいらっしゃいますが、そういう場合は就寝時用の鼻を覆わないマスクを使うのもおすすめです。顎を下から支えるためのマスクというのが販売されていて、マウステーピングの補助具にもなるので人気がありますね。
――マウステーピングはずっと続けていく必要があるのでしょうか?
【今井一彰】マウステーピングをしていた患者さんが風邪などの症状を訴えることもあるんですが、そういう場合は大抵、マウステーピングの習慣をやめているときなんです。なので、ある程度長い期間は続けたほうがいいと思いますね。ただ、マウステープはあくまでも補助的なものとして捉える考え方も大事です。唇や舌の筋力が落ちて口呼吸になっているとしたら、顔の筋肉を鍛えるということが必要になってきます。
――日常のケアが大切なんですね。マウステーピングを始めるうえで気を付けたほうがいいことは?
【今井一彰】睡眠時の食いしばりが強い方は、マウステープでさらに食いしばってしまう恐れがあります。そういう場合は、歯科医などに相談なさったほうがいいと思います。
【今井一彰】それから、風邪をひいたときに鼻がものすごく詰まったり、鼻にポリープができたり、副鼻腔炎になってしまった場合、鼻中隔湾曲症といった鼻症状がひどい場合、テープを試してすごく息苦しい場合は、無理に貼らずに耳鼻咽喉科などで治療を優先することが大切です。
――最後に、マウステーピングと併せてできる鼻呼吸のセルフケアを教えてください。
【今井一彰】「あいうべ体操」という簡単な口の体操があります。「(1)『あー』と口を大きく開く」「(2)『いー』と口を大きく横に広げる」「(3)『うー』と口を強く前に突き出す」「(4)『ベー』と舌を突き出して下に伸ばす」。この4つで1回と数え、食後に10回、一日30回を目安に続けると、舌の筋力が鍛えられ、口が閉じやすくなったと感じる方もいます。数週間ほどで舌の位置の変化を実感する人もいますし、口周りの筋肉を動かすことで顔の印象がスッキリしたと感じるケースもあるようです。また、私は時間があるときに、“唇の上にペンを乗せて20秒保つ”ということをやっています。
――デスクワークの間や“ながら”でも口のトレーニングはできるんですね。
【今井一彰】はい。それから、人との会話や大きな声で歌うことは表情筋を使うことにもつながります。呼吸は全身の運動なので、全身を使った運動も大切です。食事では、噛みごたえのあるものを食べるのもおすすめです。間食ならガムやハードタイプのグミを使うのも一つの方法だと思います。
口呼吸のあらゆるデメリットと今すぐできる対処法を教えてくれた今井さん。風邪や感染症など体調不良に陥りやすい冬に向けて、日ごろの呼吸の仕方を見直してみてはいかがだろうか。
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