コロナ禍で新しい生活様式が浸透したことに伴い、“密”を避けやすい遊びとして、余暇をアウトドアで過ごす人が増えている。「キャンプ」というワードが頻繁にテレビ番組や雑誌などで取り上げられる今、空前のアウトドアブームと言えるだろう。
そのずっと前から、30年以上も独自の視点でアウトドアライフの啓蒙を続けているのが、快適生活研究家・田中ケン氏だ。ファッションモデルとして雑誌や広告などで活躍した後、キャンプやアウトドアの楽しさを伝える活動に専念。現在は、キャンプ場の運営やアウトドア関連のプロデュースなどを行なうほか、BS日テレ「極上!三ツ星キャンプ Season2」にもレギュラー出演するなど、多方面で活躍している。
そんな彼に、アウトドアを仕事にするまでの経緯や、コロナ禍におけるアウトドアブームの現状などを聞いた。
アウトドアは、不便さをも楽しめる“究極の遊び”
ーー まず初めに、ケンさんがキャンプやアウトドアにハマったきっかけを教えてください。
【田中ケン】もう30年以上前のことになりますが、モデルの先輩がキャンプに連れて行ってくれたんです。その先輩は、キャンプ場についた途端、素早くテントとタープをセッティングして、おいしいコーヒーをいれてくれて。かと思ったら、そのあと車からカヌーを降ろして、「ちょっと遊んでくる」と湖に入っていったんです。その姿を見て「うわ~、カッコいいな!」と。それと同時に「悔しいな。僕もこれをやりたいな」とも思いましたね。
ーー 先輩の手際のよさに圧倒されたんですね。
【田中ケン】そうですね。そのうえ、「キャンプの料理といえば、カレーかBBQだろうな」と思っていたら、その日に作ってくれた夕飯はなんとメキシコ料理のフルコース。しかも飲み物はシャンパン。「これが究極の遊びだな!」と、その瞬間にすっかりキャンプにはまりましたね(笑)。
ーー “快適生活研究家”という肩書きを付けられた理由は?
【田中ケン】アウトドアという場においては、どうしても工夫をすることが必要になりますよね。そのアウトドアでのテクニックを日常に取り入れたら、もっと生活が快適になるんじゃないかと思って、“快適生活研究家”という名前を付けさせてもらいました。
アウトドアにいると、不便さがあまり気にならないというか。あえて不便さを楽しむような部分があるじゃないですか。そういった心の余裕を持たせてくれるのが、アウトドアやキャンプの魅力だと思っています。
これを広めていくのが僕の仕事だと信じている
ーー 20代でモデルを辞めて、“快適生活研究家”としての活動をスタートされたそうですが、その後しばらくはアルバイト生活だったんですよね?
【田中ケン】はい。今のように「アウトドアを仕事にしている」と言えるようになるまで、10年以上かかりましたね。今でこそアウトドアの啓蒙を仕事にされている方は多いと思いますが、30年前はほとんどいませんでした。アウトドアの仕事といえば、ガイドくらい。でも「アウトドアってこんなに楽しいのに、なんでみんなやらないの?」っていう気持ちがずっと心にあり、これを広めていくのが僕の仕事だと信じて続けていました。
ーー 今の活動の主軸は何ですか?
【田中ケン】群馬県長野原町の「outside BASE」、栃木県那須町の「ファミリーパーク那須高原」、高知県安田町の「安田川アユおどる清流キャンプ場」という3つのキャンプ場を運営しています。それ以外には、アウトドア系イベントのプロデュースや、メーカーや企業に対する商品開発などのアドバイス。あとは、雑誌やラジオ、テレビなどへの出演ですね。
ーー アウトドアの啓蒙活動だけでなく、ご自身でキャンプ場の運営まで始められたのはなぜでしょう?
【田中ケン】雑誌やテレビの活動のほか、イベントなどを行なうなかで、さまざまなキャンプ場を利用させてもらう機会がありました。当然、キャンプ場にはそれぞれのルールがあるので、すべて自分の思うようにはできなかったんです。当たり前なんですが、それは葛藤でもありましたね。そこで、自分が快適に過ごせる場所が欲しいと思うようになったんです。何と言っても“快適生活研究家”ですから(笑)。そんなワケで、2008年に群馬県北軽井沢のキャンプ場「outside BASE」をオープンさせました。
キャンプ場運営で大事なのは“モノ”ではない
ーー キャンプ場をオープンされるまでに、どんな苦労がありましたか?
【田中ケン】最初はタイミングよくご縁があって、数年間使われていなかった元キャンプ場に出合うことができました。2月にキャンプ場をオープンすると決めて、ゴールデンウィークに間に合うよう、約3カ月の準備期間でオープンまで漕ぎ着けましたね。
だから正直、準備はすごく大変でしたよ!数年分のカラマツの枝が積もっていたので、自分たちで重機を借りてきて地面をならしてとか…。オープンの前日まで、必死で机を組み立てていた記憶があります(笑)。
ーー そんなキャンプ場運営で、ケンさんが大切にしていることは何ですか?
【田中ケン】モノを作るのは、お金をかければある程度カタチになります。でも僕は、“モノができたあと”の方が重要だと思ってるんです。具体的に言うと、“人”ですね。そこで働く人間たちこそが一番大切だと思います。
僕は日ごろからスタッフに、「アウトドアマンになれ」と伝えています。アウトドアの道具を使えるようになるのはもちろんのこと、普段からアウトドアで遊んでいてほしい。とはいえ、採用する際にアウトドアが得意じゃなくてもいいんです。でも、どこかに“遊び心”は持っていてほしいですね。そして、遊びながらアウトドアを覚えていってくれたらいいなと。
スタッフも人間なので、ときに仲違いすることもあります。それを乗り切れる精神的な強さとか、遊び心がないとダメだなって思うんですよ。スタッフの人間関係がうまくいっていないと、おのずとキャンプ場全体の雰囲気も悪くなりますので。
ーー 職場での人間関係には、誰しも一度は悩んだことがあると思います。ケンさん流の乗り越え方はありますか?
【田中ケン】そういう時、僕はあえてキャンプ場を閉めて、みんなでアウトドアで遊びに行きますね。先日は、長野県でカヤックをしてきました。カヤックが転覆して、ちょっとしたスリルを味わって。その夜にBBQをしながら「あれは危なかったな〜!」なんて笑い合ったりすると、わだかまりがふっと解けたりするんです。
もちろん、場合によっては僕がアドバイスをしたり怒ったりすることもありますが、結果的に、そういう時間が人間関係にはすごく効くように思いますね。
自然を相手に、気候の変化も肌で感じている
ーー キャンプ場を運営していて、大変なことは?
【田中ケン】もともと、キャンプ場をきれいに維持していくために、草刈りなどの苦労はあるのですが、ここ数年の自然災害は特に大変ですね。日本の気候が変わってきたように感じています。台風の大雨で大量の土砂が流れ込んできたり、集中豪雨でキャンプ場の土がえぐれてしまったり…。雨の降り方が変わりましたよね。
僕がキャンプ場をはじめた13年前は、北軽井沢にはもっと雪が降ったんですよ。かつては年末から翌年3月くらいまではずっと雪が積もっていたのに、先シーズンは雪が積もっていたのがたったの3週間ほどでした。地球温暖化が進んでいることを実感しています。
僕は30年ほどライフワークとして、東海自然歩道清掃登山というものを行っています。これはボランティアのみなさんと一緒に、ゴミを拾いながら山を登るイベントです。それで自然環境がすぐに改善するわけではありませんが、ちょっとしたきっかけになればいいなと思っています。
今後もさらにキャンパーなどアウトドア人口は増えていく
ーー コロナ禍でのアウトドアブームについて、現状をお聞かせください。
【田中ケン】2020年にあった1度目の緊急事態宣言の際は、キャンプ場を2カ月間クローズしました。その後は感染拡大防止策を徹底して、受け入れ人数も減らしていますが、お陰様でたくさんのお客様に来ていただいています。
売り上げは実際、上がっていますね。これまではゴールデンウィークや夏休みなどの長期連休に訪れる方が多かったのですが、それ以外の週末や平日に利用してくださるお客様も増えました。
ーー 過去のキャンプブームとの違いを、どのように感じていますか?
【田中ケン】自分の記憶しているところだと、まず1990年代にヒッピーの流れを受けて大きなキャンプブームがありました。その後、2000年ごろから野外フェスが始まり、2010年ごろには“山ガール”という言葉が出てきて…。2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震を経てアウトドアに関する理解が深まり、その人気が後押しされたと感じています。
今はSNSやYouTubeなどで発信する人も増えましたし、キャンプだけでなく、アウトドアライフが日本に定着してきたように思います。そして、今後もさらにキャンパーをはじめとしたアウトドア人口は増えていくでしょうね。僕が開催しているビギナー向けのキャンプスクールでも、20組の募集のところ、先日は70組以上のエントリーがありました。
ーー 最後に、ケンさんの今後の展望についてお聞かせください。
【田中ケン】自分は年齢を重ねて、元気にアウトドアで遊べる時間も限られてきました。ゆくゆくは現役を引退して、自分のためのアウトドアの時間を作っていきたいですね。
アウトドアは一過性のブームを超え、日本に定着した
田中ケン氏がアウトドアライフの楽しさに取りつかれてから、およそ30年。その間に幾度か訪れたアウトドアブームは、やがて日本に定着した。近年では、日々の暮らしにもアウトドアやキャンプのエッセンスを取り入れる人が増え、ビジネスとしてのアウトドア市場は爆発的に大きくなっている。アウトドアマンには自然を守る責任が伴うということを決して忘れてはいけないが、たとえ市場規模やそれを取り巻く人々が時代と共に変化しても、人生をより豊かに、そして快適にしてくれるアウトドアの魅力はいつまでも変わらない。
取材・文=前田智恵美