2025年、IOC(=国際オリンピック委員会)による「オリンピック eスポーツゲームズ」が開催される。これは、大会名の通りeスポーツの世界大会で、2025年に第1回大会がサウジアラビアで行われることが決定した。これまでもIOCによるeスポーツの大会は開催されているが、オリンピック eスポーツゲームズは2025年から2037年までの12年間のなかで、2年に一度継続的に開かれる中期スパンでの大会となる。
そうしたなか、国際大会への代表選手の選考や選手強化の役割を担うのが、eスポーツの国内競技連盟「日本eスポーツ連合=JeSU(ジェス)」だ。ゲームコミュニティから生まれたeスポーツで、競技連盟がどういった立場で臨むのか、またオリンピック eスポーツゲームズへの展望について、JeSUの山地康之理事に話を聞いた。
IOCのeスポーツへの動きはここ数年で加速
――「オリンピックeスポーツゲームズ」の開催が決定したことへの感想を教えてください。
【山地理事】「オリンピックeスポーツゲームズ」、“オリンピック”という名前のつくeスポーツの大会が開催されることを素直にうれしく思っています。外から見ると、eスポーツについてIOC(=国際オリンピック委員会)の動きというのがこの数年間本当に早いなと感じています。
――確かに、来年2025年に第1回開催というスピード感に驚きました。
【山地理事】IOCの動きをご紹介すると、2021年に「オリンピック・バーチャルシリーズ」として野球、サイクリング、ボート、セーリング、モータースポーツの5つの競技で大会を開催しています。2023年には「オリンピックeスポーツシリーズ」がシンガポールで開催され、ここではじめてオリンピックで「eスポーツ」という用語が使われました。オリンピックの五輪の旗のもとに開催されたということで、非常に意義深い大会だったなと思っています。
ここまでは、いわゆるeスポーツと呼ばれるゲームジャンルのものと、バーチャルスポーツのものとが混在しているような状態でしたが、eスポーツに対してIOCの動きは着実に加速してきました。そしてこの7月、パリオリンピックの開幕に合わせて、IOCの総会で正式にオリンピックeスポーツゲームズの方が承認され、当初12年間の契約で、奇数の年に2年ごとに1回オリンピックeスポーツゲームズが行われます。夏季五輪・冬季五輪の間に、eスポーツのオリンピックが行われるといった形です。
――2年に1回というスパンはゲーム業界をはじめ、社会的にも大きなことだと思います。
【山地理事】“オリンピック”という名前がつく大会で、日本人が活躍してメダルを取ればやはり国民の認知度も高まりますし、社会的地位も上がりますので、我々も本当に期待しています。JeSUとしても具体的な目標となる大会ができたので、競技力向上に向けて、目指していきたいと思います。
eスポーツ先進国と連携して基礎力の強化を
――オリンピックeスポーツゲームズは来年第一回大会が早速開催されますが、JeSUの役割や責任について教えてください。
【山地理事】昨年、杭州で行われたアジア競技大会でもeスポーツが正式種目となりまして、3種目12名の日本代表選手を派遣しました。こうした実績が後押しになる形で、JeSUは、今年の6月にJOC(=日本オリンピック委員会)に準加盟という形で加盟することとなりました。ですので、JeSUはやはりスポーツ競技団体として、まず大会で結果を残すということが必要になります。
ただ、オリンピックeスポーツゲームズも、2026年のアジア競技大会も、現在のところ種目が決まっておりません。ここがある意味過渡期のeスポーツの課題で、今後どういったタイトル、種目がこういった大きな国際大会で採用されていくのかということを、予測も含めてしっかりと見極めながら、具体的な競技力を上げていくということになります。
――eスポーツでの競技力向上とは、具体的にはどんなことを行っていくのでしょうか?
【山地理事】まずは種目の見極めや、競技となる種目に対する個別の対策。それと基礎的な部分の強化との二本立てを考えています。JOCに準加盟したことで、スポーツに関する医学的・科学的なトレーニングなどを研究しているJSC(=日本スポーツ振興センター)との連携も加速しており、多くのリアルスポーツ競技に当てはまる事象というのはeスポーツにも応用が効くものが多いだろうということが分かってきました。たとえば睡眠と反応速度の関係や、栄養といった点ですね。これらの具体的な調査研究をするとともに、知見や施設を使った選手のトレーニングプランをしっかりと作っていきたいと思っています。
――海外の事例なども参考にされていますか?
【山地理事】たとえばお隣の韓国はeスポーツ先進国で、我々よりも先んじて韓国のオリンピック委員会にも加盟していますし、昨年のアジア競技大会でもeスポーツ競技で金メダル2つ、銀メダル1つという成績を上げています。選手の強化や大会に向けた準備、強化資金集めと言ったマーケティングなところを含めて、KeSPA(=韓国eスポーツ協会)とMOUを結び、今後具体的に連携していこうという流れになっています。
もう一つが、サウジアラビアです。eスポーツの世界でいまもっともホットな国がサウジアラビアで、今年7月から8月のeスポーツワールドカップもサウジアラビアで開催されました。JeSUも、サウジアラビアのファイサル殿下が会長を務めているサウジアラビアeスポーツ連盟と人材育成に関わるMOUを締結しまして、eスポーツワールドカップのストリートファイター部門に出場した“もけ”選手が、現地のeスポーツアカデミーで一週間、ストリートファイターの講座を持つといった取り組みもはじまっています。
――もけ選手のX(旧Twitter)でも現地の様子が発信されていました。
【山地理事】一週間、いわゆる実技に当たるところをはじめ、大会に備えた体調管理ですとか、集中力を高めるトレーニングですとか、非常に幅広く講義をしていただきまして、大変好評となりました。こういった交流を通じて、人材育成という面からも競技力の強化を進めているところです。
「国を挙げての取り組みが不可欠」国際大会への取り組み
――オリンピックeスポーツゲームズの種目について、現時点でどの程度予測されているのでしょうか。
【山地理事】未確定ではあるものの、オリンピックにはオリンピズムというベースの基本理念があるため、どんなジャンルが採用されやすいかについてはある程度はわかっています。たとえば「銃で人を撃つ」ようなゲーム(FPSなど)は採用されない、というのは明らかです。参考として、OCA(=アジアオリンピック評議会)が主催した昨年のアジア競技大会でも、「PUBGモバイル」というバトルロイアルシューターゲームが種目となったのですが、本来はお互いに攻撃しあうゲーム内容が、大会では大幅に変更されて射的ゲームに変わっていました。
――いわゆる「格闘ゲーム」の採用はあるのでしょうか?
【山地理事】格闘ゲームは全てがOKというわけではないですけれども、少なくとも「ストリートファイター」「鉄拳」「ザ・キング・オブ・ファイターズ」のような、日本のIPホルダーが展開する格闘ゲームについては、基本的には打撃や投げ技が中心になっていて、飛び道具を使うキャラクターや演出は一部に限られるため、おおむね問題ないだろうと想定しております。
――競技種目が決定したあと、代表選手の選考や育成はどういった基準で行われていきますか?
【山地理事】種目によってさまざまなのですが、格闘ゲームは各IPホルダーが主催する大会や、EVOのような世界規模の大会があって、そこで実績のある選手というのがある程度絞られてきますから、合理的な基準を設定したうえで、そういった選手の中から選考大会を行うというのはやりやすいですし、公平性・透明性も確保できると考えています。
ただ、日本にほとんど競技人口がいないようなゲーム種目が採用された場合は、種目決定から大会までの期間でコミュニティを盛り上げるといった取り組みも必要になってくると思います。たとえば前回のアジア競技大会ではMOBA(マルチプレイオンラインバトルアリーナ)というジャンルが4種目もありました。なので、MOBAというジャンルの中で、どのタイトルでもある程度対応できるような選手や選考の仕組みを作っていくことも必要なのかと思ってもいます。
――JeSUとして、代表への今後のサポートをどんな体制で臨むか教えてください。
【山地理事】一番大きなところで言うと、「強化委員会」を立ち上げて、それぞれの大会に特化した強化プランを早い段階で選手や所属チームに提示し、理解と共感を得ることが必要不可欠です。昨年のアジア競技大会でも、3種目12名の代表選手は全員プロチームに所属しており、それぞれのチームの方針に沿って選手は様々な大会に出場し、チームとして、選手として優先するもの、優先する大会は異なっていました。そのこと自体は、他のスポーツ競技も同様だと思いますが、eスポーツについては、大きな国際大会で初めて正式競技になったこともあり、日本代表チームとしてどんな準備をすべきか、経験・ノウハウが不足してました。そのことは、メダルを獲得した海外のチームを見て、より強く感じました。
――具体的な事例があれば教えてください。
アジア競技大会ではストリートファイターⅤ(以下、ストV)部門があったのですが、新型コロナの流行などで2022年から2023年に延期したため、日本ではストリートファイター6に競技シーンが移っていたんです。当然、日本の代表選手は他の大会もあるのでストⅤをメインに練習することはできません。
一方で、優勝した韓国の選手は直近一年間、ストⅤの練習をしていたそうで、韓国の団体の方が予算を使って練習要員を複数確保していたという話も聞きました。また、中華圏や韓国、サウジアラビアなどの代表は、大会用の共用練習施設を使わず、専用の練習施設を確保して、手の内を隠すといった対策も行っていました。
他国と日本を比べた際、そうした“準備の面”でも差がついていることを実感しましたし、競技として結果を出すことには、国を挙げての取り組みが不可欠だなとあらためて思った次第です。