連日、熱戦が繰り広げられている2024パリ五輪。今回、編集部ではそのなかでも2024年8月9日(金)、10日(土)に開催される「ブレイキン」に注目。ブレイキンは今大会から実施される新競技だ。AION(アイオン)ダンスアカデミーの代表取締役で、 日本ブレイクダンス青少年育成協会の会長も務める草野真澄さんに、ブレイキンの魅力や、今大会での見どころ、また、興味を持った場合のスクールの選び方などについて話を聞いた。
「パリ2024大会」ではここに注目!
――「ブレイキン」とは、どういうものなのか教えてください。
【草野】音楽に合わせて身体のあらゆる部分を使って、跳ねたり回ったり…とアクロバティックな動きをするダンスです。発祥は1970年代のニューヨーク・ブロンクスだと言われており、ギャングの抗争を殴り合いなどの喧嘩ではなく、平和的に解決しようということで始まったとされています。また、ラップ(MC)とDJ、グラフィティ、そしてブレイキン(ブレイクダンス)という風に、「ヒップホップ」を構成する4要素のひとつでもあります。
――「ブレイクダンス」と「ブレイキン」は、違うのでしょうか?
【草野】実は、「ブレイクダンス」と「ブレイキン」は同じダンスを指します。もともとの名称は「ブレイキン(Breaking)」です。日本でこのダンスが広まったのは、1984年に公開されたアメリカ映画「ブレイキン」の邦画タイトルが「ブレイクダンス」だったので、その呼び方が定着したのではと言われています。ちなみに、ブレイキンを踊る男性を「Bボーイ」、女性を「Bガール」、ダンサーの総称をブレイカーと呼びます。
ブレイキンの対戦は「バトル」と呼ばれており、ブレイカーのほかに、音楽を流すDJや、進行をするMC、ジャッジを行う審査員によって成り立ちます。大会によってそのバトル形式はさまざまで、チーム戦もあれば、1on1(個人戦)など、バラエティに富んだ対戦もブレイキンのおもしろいところですね。
――「ブレイキン」のルールや採点基準などを教えてください。
【草野】ブレイキンの主な要素としては、立って踊る「トップロック」、ダイナミックな回転技「パワームーブ」、床に手をついて身体を支えながら足を動かす「フットワーク」、ピタッと動きを止める「フリーズ」があります。これらの要素を盛り込みながら、音楽に合わせてダンスをします。五輪では初なので詳細な部分まではわかりませんが、技術面や技の多様性・独創性、音楽との調和、完成度などを見て評価されるのではないかと思います。
わかりやすく言うと、最終的にどちらのほうがすごいか、かっこいいか、いかに失敗しないか、じゃないでしょうか。この3つがポイントかなと思います。
――今回の「パリ2024大会」では、ほかにどのようなところに注目して見ると楽しめるでしょうか?
【草野】ひとつは、ほかのダンスと比べて人間離れしているダンスを見てほしいですね。「どっちの選手の方がすごいか」という点に着目すると楽しいと思います。あともうひとつ、音楽をここまで使って対面で戦うというのはほかの競技にはない魅力なので、音楽にも着目してほしいですね。盛り上がる音楽に、見ている方もテンションが上がると思います。
――ちなみに、バトルの際に流れる音楽というのは、事前に決まっているのでしょうか?
【草野】いえ、選手は事前に知りません。バトルの際に流れた音楽に、即興で踊っていくんですよ。
代表選手が力をつけていった背景
――アメリカで発祥したブレイキンが日本でどのように定着し、選手たちは力をつけていったのでしょうか?
【草野】80年代初頭に「フラッシュダンス」「ワイルド・スタイル」などのブレイキンに関する映画が日本で公開されたことがきっかけだと思います。それで注目を浴び、日本でも流行していきました。皆、ビデオを見て独学し、ストリートで教える人がいる…というような状況でしたので、当初はスクールなどはなかったですね。実際、私がブレイキンを始めた2000年ごろも、ほとんどスクールがなく独学でした。
――いつごろから、習える場所やスクールができ始めたのでしょうか?
【草野】2000年代になると、東京や大阪など大都市ではダンススクールは少しあったのですが、「ストリートダンススクール」のなかのひとつとして週1回ブレイキンの授業がある…というような状況でした。今でも、そのスタイルのスクールが多いとは思います。その後、2010年代に入ってから、少しずつブレイキン専門スクールができ始めました。まだまだ、日本ではブレイキンをやっている子は少ないので、ひとつの県で多くても100人くらいです。ほかのスポーツに比べたら、圧倒的に少ないですよね。
――ということは、2010年代に増えていった専門スクールで学んだ子たちが、今大会の代表選手になっているのでしょうか。
【草野】福島あゆみ選手は40代なのでストリートで学んだ世代かなとは思いますが、大能寛飛(おおのひろと)選手は、実際に小学生時代、うちの石川県にあるAIONダンスアカデミーに所属していました。
――草野さんが大能選手をご指導されていたんですか?
【草野】はい、小学校4年生から6年生まで指導していました。
――そうなんですね!大能選手は、どんな選手でしたか?
【草野】当時、彼と一緒にやっていた子たちは、世界で活躍したり、大会で優勝したりするようなすごい選手が多かったので、もちろん上手ではあったのですが、最初はそこまで目立つ存在ではありませんでした。ですが、彼はできるまでコツコツと頑張るタイプだったので、難易度の高い技をどんどん習得していき、小学校6年生の段階で突出し始めたと記憶しています。なので(その後、大阪のチームに入ったので)、「これなら、大阪のレベルの高いチームに入っても大丈夫だな」と感じ、大阪行きも応援しました。
性格としては、すごく明るい子です。今でも、たまにスクールに遊びに来てくれるんですよ。オリンピック予選シリーズ(OQS)の前には、(同スクール出身の)村上結菜選手と一緒にスクールに来て最終調整をしていました。
――大能選手の素敵な一面を知ることができ、うれしいです。ちなみに、草野さんはこれまで多くの選手を指導されてきたと思いますが、ブレイキンにはどういう子が向いているのでしょうか?
【草野】身体的な面だと、体幹がしっかりしていて、柔軟性がある子が向いていますね。性格的な面だと、大能選手のようにひとつの物事をコツコツやることが好きな子が向いています。
これまでの経験から、ADHDと診断されたお子さんで、ほかの習いごとだとうまくいかなかった場合でも、ブレイキンに触れることですごく力を発揮していくというケースも多いです。ダンスだけでなく、生活面も落ち着いていくことが多いのも特徴的ですね。ダンスはひとりでもできますから、協調性があまりないかも…というお子さんが、熱中して伸びていくというケースも多々あります。
「ブレイキン」を始めたいならまずはスクールへ!
――今は、何をきっかけにブレイキンを始める子が多いのでしょうか?
【草野】TikTokやInstagramなどSNSを見て…というのが多いですね。特に、コロナ禍のときにダンスが流行り、触れる機会が多かったようで。コロナ禍をきっかけにすごく増えましたね。そのなかで、逆立ちやアクロバティックなダンスを見てブレイキンを気に入った子が、うちのような(専門の)スクールに入るというのが増えたと思います。
――ブレイキンを始めたかったら、やはりスクールに入るのがいいのでしょうか?
【草野】映像を見て独学でやると、難しすぎて挫折する子が多いと思います。見よう見まねでやると、想像を絶するほど難しいはずです。一方、スクールだと、段階を踏んでちょっとずつできていくので、「楽しい!」となるんです。それに、ひとりでやるととにかく危険です。スクールだと「安全」というのもポイントですので、まずはスクールに入ることをおすすめします。
――スクールの見学や体験に行く際には、どういう点に着目したらいいですか?
【草野】必ずしも、「スクールはどこも安全」ということではありません。日本の現状としては、誰でもスクールを開講して指導できるからです。
なので、指導者が安全性に配慮し、きちんと知識を持っているか、という点に着目するといいと思います。たとえば、床の材質が硬すぎないか、きちんとマットを敷いているか、指導の際に補助が付いているか…などです。ブレイキンは特に、首で身体を支えるなどアクロバティックな動きが多いので、きちんとした環境で正しく行わないと危険です。
ちなみに我々、日本ブレイクダンス青少年育成協会は、ブレイキンの普及活動はもちろん、内閣府から承認を得た本団体(JBYDA)が公認するブレイキン指導者資格「ブレジュケーション」を新設し、全国のブレイキン指導者に安全面の指導研修会を主催するなど、健全な指導者の養成にも努めています。また、有資格スクールは、本団体が公認しています。
――では、「ブレジュケーション」のライセンス保有者なのか、JBYDA公認団体なのかということもスクール選びのポイントにすると安心ですね。最後に、ブレイキンの魅力を教えてください。
【草野】ブレイキンは技が決まっているので、その技ができるようになる喜びや達成感が魅力だと思います。パリ2024大会では個人競技ですが、ブレイキンには、みんなで輪になって踊ったり、人前で振付を考えて発表する「ショーケース」などもあり、いろいろなことができるのも魅力です。また、もともとは平和のための運動と言われるようなカルチャーなので、そういう歴史を学び、人間性を高められるのもポイントだと思います。
――草野さん、貴重なお話をいろいろとありがとうございました。