今、県外から多くの若い世代が移住し起業する街「韮崎」が、人を惹きつける理由とは

2024年9月4日

新宿から特急でおよそ1時間半。山梨県の北西部に位置し、古くから甲州街道の宿場町として栄えてきた韮崎市。古いものと新しいものが混在する韮崎の街は、「レトロ」という言葉がしっくりくるだろうか。一度は活気を失った商店街に今、県外から多くの若手が集まってきている。空き家バンクに登録された物件をリノベーションし、開業するケースがここ数年で増加しているのだ。新しい何かを始めたい人たちを惹きつける、韮崎の街の魅力とは一体何なのか。韮崎中央商店街を舞台に「ものづくり」を通して韮崎や山梨を盛り上げようと奮闘する、2人の人物に話を聞いた。

特急あずさも停車するJR中央本線の韮崎駅


韮崎の地で唯一無二の椅子を作る木工家、阿部公則さんとabe椅子店

JR韮崎駅を降り、高架をくぐれば韮崎中央商店街だ。商店街のシンボルでもある「アメリカヤ」の建物を過ぎ、道なりに進んでいくとゆるやかなカーブをちょうど曲がりきった辺り、右手に椅子のマークの青くて四角い看板が見えてくる。「abe椅子店」の名の通り、お店で取り扱うのは椅子がメイン。県産材を使って木工家の阿部さんが一つひとつ丁寧に作りあげる極上の椅子たちは、すべて一点ものだ。また、カトラリーなど木製の小物も販売している。

韮崎中央商店街に店舗を構える「abe椅子店」


阿部さんは群馬県で生まれ育ち、ちょうど30歳のときに木工家を志すようになった。仕事を辞めたタイミングで偶然出合ったのが、職業訓練校のパンフレット。翌年に高崎産業技術専門校インテリア木工科に入学し、木工技術の基礎を学ぶ。卒業後は仲間たちと榛名山の麓に共同工房を立ち上げ、木工家の道へ。10年を経て独立を機に、山梨県韮崎市に引っ越してきた。空き家バンクで見つけた現在の自宅にアトリエを構え、製作を続ける。縁あって2015年に韮崎中央商店街に店舗をオープンした。

「abe椅子店」店主で木工家の阿部公則さん


――どうして「椅子」なのでしょうか。

【阿部さん】最初の注文が椅子だったんです。製作するためにいろいろ調べているうちに好きになっていって、当時目標にしていたコンペに作品を出したところ入選しました。それがきっかけです。家具って大きく分けてテーブルや椅子などの脚物(あしもの)と、タンスなど箱状の収納家具などの箱物(はこもの)があるんですが、寸法通りに作らないとうまく閉まらない箱物はあまり好きじゃなくて。椅子の場合はもっと自由があり、性格的にも合ったんです。

阿部さんの椅子はすべて一点もの。商品というよりはむしろ「作品」だ

丸いフォルムがかわいらしいスツールたち


――元いた群馬ではなく韮崎にアトリエを構えたのは何か理由があったんですか?

【阿部さん】八ヶ岳はクラフトマンが集まり、木工のイメージもあるんです。なので北杜市で家探しをはじめて、だんだん南下して。韮崎市の空き家バンクにイメージどおりの物件が出て、思い切って引っ越しました。近くに小さな保育園があったのがありがたかったですね。地域の人たちは快く受け入れてくれて、まだ小さかった子ども達をよく気にかけてくれました。

――韮崎中央商店街のお店はあとから開店したんですか?

【阿部さん】ようやく工房を整えて製作活動を再開。作品を収める倉庫を探していたら店舗の話があり、お隣のアルプス(洋菓子店)さんがお世話してくださって、お店のオープンに至りました。昔、学校の先生をしていたアルプスのオーナーさんのお母様に、偶然ですが妻が教わっていたこともあって。いろんなご縁がぐるりとつながった感じですね。

「abe椅子店」と「洋菓子アルプス」は隣接している


【阿部さん】倉庫を兼ねた店を出すことになって、椅子だけじゃなくて小物の製作も始めました。ふらっときてくれたお客さんに、手に取ってもらえて会話のきっかけにもなります。木材を無駄なく使えるのもいいんです。

気軽に購入できるカトラリーたち


――その小物からまたファンが広がっていくと。いろいろと不思議なご縁でつながって韮崎にいらしたんですね。

【阿部さん】だから、自分だけで何かしようとしたら何もできなかったですね。いろいろな縁があったってことなんでしょうね。これから始めようとしている若い世代、真面目に情熱を持ってやってる人には手を貸してあげたくなるもんじゃないですか。

――そうですね、それは確かに。

【阿部さん】一生懸命やってたんだなって、自分も。でも、そういう姿勢がやっぱり大事なんですよ。いつでも人は見ていてくれてるし、そういう思いで、これからは今から始める若い世代に、木工の世界は厳しいんだけど、楽しい部分がいっぱいあるから、自分が経験してきた中であれば伝えていきたいなというのがあって。


木工家として地域に貢献したい

山梨県の木を使って山梨県で製品を生み出す、そうすることで地域に貢献したいと考えている阿部さん。また、山梨県に工房を持つ木工家たちとの交流を広げている。

――木工家として、阿部さんが取り組んでいることはありますか?

【阿部さん】県産材を使って地域に貢献したいと考えています。木に関わる業界でつながって、切磋琢磨し合っていいものを作って、山梨県の木を使って山梨県で製品を生みだして、ブランド力を高めてっていう。

――ただ「製品を作る」ということではないと。

【阿部さん】今までは作ったものを東京などの商圏に向けて売る意識でしたが、これからはお客さんをこちらに呼びたいなと、今、頑張ってます。


――県外から人を呼ぶということですか?

【阿部さん】山梨ってやっぱり魅力あるじゃないですか。観光の要素もあるし、おいしいものもいっぱい、自然もいっぱい、そういうイメージはあるんですよ。それをうまくトータルでブランディングできないかなと考えて、すごく楽しいですね。

――産業で町おこしをしていくということですね。

【阿部さん】今、木工家としての自分の人生の中で第3ステージに入ってるっていうのがあって。最初は訓練校を出て、「はるな工房」で始めた創作活動。第2ステージがこっちに引っ越してきて、この店を開いたこと。そしてこれからは、山梨の県産材を使ったり、木工家同士交流したりといろいろ広げていく第3ステージです。

――いろいろな人とつながって広がっていく、楽しみですね!

【阿部さん】そうなんですよ、だから酒がうまいですよ。友だちができるっていう、いいですよ。

韮崎にやって来る、木工を志す若き同士たちを応援したい

韮崎にアトリエと店舗を持つ木工家として、この街のどんなところに魅力を感じているか、また、これからの韮崎について聞いた。


――阿部さんにとって韮崎の魅力というのは何ですか。

【阿部さん】こっちに来てね、嫌じゃない。

――嫌じゃない。(一同笑)

【阿部さん】こっちに来て、違うところに行きたいなとかって思うこともあったりするじゃないですか、やっぱり合わないなみたいなのが。それがないです。

――それは、暮らしやすいということですか?インフラが整っているとか

【阿部さん】スーパーが近い方がいいなと思って(笑)。ビールを買いに行くのに30分もかかるとか嫌だよね。待てない、ビールがぬるくなっちゃう。ビール基準で、スープじゃなくてビールがぬるくならない距離で、ビールを買うのに適した土地、それが韮崎の魅力です。

――ビール基準なんですね。

【阿部さん】ここにお店を開いたのがアメリカヤができる2年前でした。アメリカヤができてから、カフェとかいろいろできて、そこにピザ屋(SEI OTTO-セイオット-)もあるし、石田西洋菓子店、koti(ダイナー)、PEI COFFEE(カフェ)とか、DAUGHTER(カフェ)とか、アメリカヤ横丁もできた。そこに人が集まるようになった。そこにパフェ屋(Parfait tokidoki)さんとか、ジェラート屋mucuさんもできたね。

――以前はお店もあまりなかったんですか。

【阿部さん】アメリカヤが復活してから新しいお店が増えました。人通りも増えたし、むしろラッキーだった。ありがたい。みんな縁あって県外からやってきて、お店が新しくできていって。何か流れがあるのかもしれないと思っています。


――阿部さんも県外からいらっしゃったわけで、やっぱり韮崎って何か魅力があるんでしょうか。

【阿部さん】昔ながらの商店街がうまくいってるところっていうのは、元からの住人と新しく来た人が融合して両者が互いにやっていますね。外から新しく来た人が出した店に地元の人が日常的にコーヒー飲みに行ったり、コーヒーを飲む習慣が街に根付く、みたいにすることができれば文化になるのかなと。やっぱり文化にならないと終わっちゃう。地元の人と一緒に楽しみたいです。

――その技術で、県内の木を使って作ったものをお客様が買っていくっていうその流れ自体も、また文化なんですね。
 
【阿部さん】そうですね 。だから、こういう木工にしても技術とかっていうのも文化だと思ってるんで、それを継承していくっていうことがひとつの使命だと思うんですよ。流れができていると、これからもこうやりたいって人が集まってくる。そういう風にしたいですね。若い人も奇跡的に何人かいるんです。だからちゃんとね、おせっかいじゃなくて、なんとなくいい感じでいい距離感で、そういうことを伝えられたらいいなって思ってて。 これから続けていく人たちがどんどん来てくれて、きっちり職業として成り立つような流れを作れればいいかなって。

――韮崎だけじゃなく、木工業界の未来のビジョンもくっきり描いていらっしゃるんですね。

【阿部さん】やっぱり自分で住みたいなって思える街になればいいよね。結局そうなんじゃないですか、もしそうじゃなかったらそうなるようにしようって思えば。自分たちの手で新しく来た人たちも変えていけるし、韮崎の人たちと一緒になってっていうのができればより一層いいですね。つまんねーなって、ずっと思っているだけでも何も変わらないから。

ふるさと納税の返礼品もすべて一点もの

取材当日、abe椅子店の扉を開けると先客が。阿部さんの椅子を愛用しているという、近所に住む男性だ。購入したあともメンテナンスのため、椅子を持って店舗を訪れる客は多い。阿部さんの椅子は一生もののため、その付き合いも長くなる。むしろ、気軽に椅子を持ち込める距離で購入してほしいというのが阿部さんの本音だった。ふるさと納税の返礼品に出品したきっかけは市から声が掛かったことだというが、当初は抵抗もあったとか。


――ふるさと納税がきっかけで阿部さんの椅子を知った人がたくさんいると思うんですけど、反響や何か変わったことはありましたか ?

【阿部さん】どんな人がどんなものを求めているのかと考えるきっかけになりました。実物を手に取って選んでもらうのではないからこそ、小さなものでも期待を上回るものをお届けしたいと思いながら製作しています。

――今日初めて阿部さんの椅子を見せていただいて、やっぱりパソコンとかスマホで見てたものよりも実物がもう圧倒的に素晴らしいです。びっくりするくらい。木の質感とかつやとか全然違いますよね。手触りもすべすべですごくいいです。

【阿部さん】ふるさと納税の返礼品もすべて一点ものなんですよ。

――世界にひとつ、自分だけの特別なスツールですね。

黒い合皮レザーにオーク材のシンプルな「スツール」


abe椅子店の商品は店舗での購入以外に、韮崎市のふるさと納税でも取り寄せることができる。例えば、こちらのスツール。山梨県の郡内地域特産である甲斐絹を座面に使用し製作した一点もので、座面の直径は30センチあり、座り心地もしっかりとした安定感がある。フレームにはケヤキを使用し、あえて無塗装にすることで使っていくうちに自然な色合いの変化を楽しむことができる。もちろん、一つひとつ丁寧に手作業で作られている。

甲斐絹を使った座面が美しい「甲斐絹スツール」


ほかにも、天然木の口当たりが優しいスプーンセットや、木製のコーヒーメジャーなどの小物も出品されている。身の回りに1つでも木製の小物があると、温かく優しい雰囲気になるもの。木製ベビースプーンは出産祝いにも人気なのだとか。ギフトにもぴったりだ。

木製ベビースプーンはギフトにも




※商品の写真および画像はイメージです。実際の商品とは異なる場合があります。
※商品は素材(生地等)・仕様が予告なく変更する場合があります。

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