世界から注目されている日本の食文化。寿司や天ぷらなどは海外の観光客からも長く愛されている和食だが、特に最近、人気が高まっているのが「和牛」だ。「肉のやわらかさやジューシーさが桁違い!」だということで、すき焼きや鉄板焼きなどさまざまな食べ方で高評価を受けている。

日本各地の特定の地域で育てられた高品質な牛肉を指す“ブランド牛”は全国で320種類以上あるが、山梨県にも「甲州牛」というブランド牛があるのをご存知だろうか?甲州牛・甲州ワインビーフ推進協議会に登録された生産者により丹念に育てられた黒毛和牛の中で、最長飼育地(牛が育つまでの間に最も長くいた場所のこと)が山梨県にあり、日本食肉格付協会の定める肉質等級の5段階中4等級以上に格付けされた牛だけが「甲州牛」と認定される。山々に囲まれ、豊かな自然の中で育てられた甲州牛は、サシと言われる脂の入り込みと赤身肉のバランスが絶妙で、しっとりときめ細やかな肉質が魅力。どんなふうに甲州牛が生まれるのか、山梨県北西部の韮崎市穂坂町で甲州牛を生産している「FARM INOMATA(ファーム イノマタ)」の猪股重幸さんに話を伺った。

寒暖差が育む極上のサシ…。甲州牛のあふれる旨味に舌鼓
韮崎市穂坂町といえば、日照時間が長く朝晩の温度差があるため、糖度の高いフルーツ栽培に適していて“穂坂果実郷”とも呼ばれている。みずみずしくてグッと甘い果実が育つこの気候は、良質な牛が育つための環境にも最適なのだと猪股さんは言う。「穂坂は季節の寒暖差はもちろん、昼夜の寒暖差も大きい盆地特有の気候です。短い間で寒さと暖かさが交互に繰り返されることで、肉質の締まった赤身と脂を蓄えたサシが入り混じった肉になります」

さらに、四方を山に囲まれたこの地ならではの豊かな自然とそこから生まれる水も、甲州牛をおいしくするのに必要不可欠なのだそう。はて、自然や水が肉質に関係があるとはいったいどういうことなのだろう?
「韮崎はお米の名産地でもありますよね。おいしい水がおいしい稲と米を作ってくれますが、現在、牛にも粗飼料として地元産の稲わらなどを与えています。緑あふれる自然に囲まれた中で、おいしい空気を浴びながら、体の中と外、その両方から健やかに育つことが甲州牛の肉質にも影響していると思います」(猪股さん)

繁殖・肥育一貫経営で、安全安心&高品質の「甲州牛」を
一般的に肉牛農家には2種類ある。母牛から子牛を増やす繁殖農家と、その子牛を購入して枝肉として出荷するまで育てる肥育農家だ。“生みの親”と“育ての親”が異なる理由は、それぞれの過程で牛を育成するのに必要なノウハウが全く異なるから。

「エサのあげ方ひとつとっても、全然違います。牛ってずっと食べてる生き物なんですが(笑)、母牛はエサの摂取量をコントロールしてあげなくちゃいけない。人間と一緒、妊婦さんが太りすぎないようにするのと同じですね。太りすぎると出産時が大変で命に関わることもあります。一方で、子牛を出荷できる大きさと肉質に育て上げるには、トウモロコシの実、大豆、麦といった濃厚飼料や、稲わらや牧草などの粗飼料などを、一日に数回に分けてしっかり食べさせる。とはいえ、単に牛を太らせるのではなく余分な脂肪を蓄えないように、エサの配合にも気を使って管理しなければいけない」(猪股さん)


その繁殖と肥育を一貫して経営しているのが「FARM INOMATA」。その理由を尋ねると
「自分の管理下で種付けして出産させ、子牛から育てているので、安全なエサ・環境で育った甲州牛だからこそ、消費者の方に安心して食べてもらえるのだと思います」と猪股さんは話す。

またなにより、牛にとってストレスの少ない環境で育ててあげられることが一番と考えていて、「牛って実はとても賢くて、ほかの牛舎の牛たちが放牧されたら、『自分たちも出して~』と鳴き声を出しますし、子育ても母牛がつきっきりで子どもを大切にする愛情深い生き物なんです。もちろん、飼い主のことをちゃんと理解する。FARM INOMATAでは約2年半かけて、生まれてから出荷するまで育て上げます。その間、なるべくストレスを与えないよう、エサや環境に配慮しながら大事に世話をしているんです」(猪股さん)

生産量が少なく希少な「甲州牛」は県外での入手が難しい
こうして、韮崎の地で大切に育てられた甲州牛だが、生産量が少ないため、なかなか県外での入手は難しい。そんなときに利用したいのが、韮崎市のふるさと納税。猪股さん曰く「甲州牛はサシの入り方が細かく、口に入れると甘くてとろけます。脂身が多すぎないのでくどくなく、赤身とのバランスも抜群!たくさん食べても胃もたれしないんですよ」とのこと。

甲州牛の「ロースステーキ」はシンプルに焼いて食べるのが一番。旨味が詰まった、豊かな風味の舌触りが特徴で、ほんの少しの塩コショウのみの味付けで十分。



赤身がおいしいと言われる甲州牛の「肩ローススライス」は、鍋料理でも絶品!寒さの強くなるこの時期は、甘めの割り下で味わうすき焼きがおすすめだ。


また、甲州牛と野菜のおいしいレストラン「甲州牛 和こう」でも「FARM INOMATA」の甲州牛を味わうことができる。もとは畜産農家だった「甲州牛 和こう」では、地元韮崎市で育った甲州牛はもちろん、自家農園で栽培した野菜や、手作りの天然酵母パン、山梨県産のワインなど、山梨県の食材を使った料理を提供している。韮崎市を訪れた際はぜひ、とろけるような極上の甲州牛を味わってほしい。


現在120頭ほどの牛を世話している「FARM INOMATA」。常に牛と向き合い、良質な血統を維持しながら、エサや環境などきめ細やかな管理で甲州牛を世に送り出している。今年11月に、珍しく一卵性双生児で生まれてきた子牛2頭のうち1頭を哺乳瓶で育てている猪股さん。

「やっぱりね、かわいいです。子牛はもちろんですが、肥育牛も一頭を2年半かけて送り出すわけですから。個体差はありますが、こちらの顔を覚えてなついてくれる子もいるので…」と思い入れもひとしおのよう。そう考えると、手塩にかけて家族同様に大切に育てられることで、人々を幸福にさせる絶品な肉を生むことに繋がっているのだと確信する。
「韮崎市内では、我が家のように一貫経営というスタイルをとっている場合もあれば、他県から子牛を購入し育て、良質な甲州牛を生み出している場合もあります。どんな形態であっても、同じ甲州牛を育てる仲間として切磋琢磨して、“甲州牛”としてのブランド力を高めていけたらと思っています」(猪股さん)
甲州牛を食すとき、ありがたい気持ちと共に、韮崎の大自然の中でゆったりと過ごす牛たちと生産者の姿に思いをはせながら食べてみると、またおいしさも格別なものになるに違いない。

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取材・文=水島彩恵
撮影=吉澤咲子