実際にはない地図や路線図を作り、その世界を空想する「空想地図」を楽しむ人が増えている。地理にまつわるさまざまな動画を紹介しているYouTubeチャンネルの
「おもしろ地理」
(@omoshirochiri)
さんは、先日「47都道府県すべてに新幹線を走らせたら」というテーマで、現実・架空含め45本の新幹線路線図を製作し反響を呼んだ。その楽しみ方や製作の工夫に迫ってみた。
全都道府県に空想新幹線を通してみた
「新幹線計画を基に全都道府県に空想新幹線通してみた」と題したこの動画では、45本の「空想新幹線」が走っている。斬新なルートはもちろん、実際にありそうな架空の駅名なども多く、想像するだけでわくわくするような路線がそろっている。
例えば、北海道では旭川駅から択捉島を結ぶ「オホーツク新幹線」、東北では仙台と山形県の酒田を結ぶ「仙山新幹線」、中部地方では名古屋~富山間を結ぶ「飛騨新幹線」の名前が見える。中部・近畿地方では、愛知県の豊橋から海を渡り、三重県の伊勢市、和歌山を経て淡路島の洲本を結ぶ「近畿横断新幹線」のスケールが際立つ。
中国四国、九州地方も斬新な路線が目白押し。「芸予新幹線」は広島と愛媛県の松山を結ぶ路線で、広島から出発すると途中からしまなみ海道と合流するようなルート。また、松山から豊予海峡をわたって大分、熊本を経てはるか長崎県の諫早へと向かう「九州横断新幹線」もユニーク。島しょ部を走る新幹線も“空想ならでは”で、長崎の「五島新幹線」は、佐賀の武雄温泉を起点に五島列島をつないでいる。
既存の新幹線も含まれているが、現実世界から少しアレンジされているのが特徴。上越新幹線はリアル終点・新潟駅を越えて佐渡島まで延伸されている。「ジェットフォイルでも1時間かかっていた新潟~佐渡間が約20分に短縮された。佐渡島の観光振興に期待がかかる」の説明が味わい深い。
実現していない新幹線の「基本計画線」をベースにした
今回の空想新幹線はどんなきっかけで作ったのだろうか。
「日本には、建設を開始すべき新幹線鉄道の路線を定める基本計画(通称:基本計画線)と呼ばれるものがあります。北海道南回り新幹線(動画では道南新幹線)や、羽越新幹線、山陰新幹線、東九州新幹線など、動画で紹介した新幹線の一部は、計画として実際に存在しています」
ただ、1970〜73年に計画されたまま50年以上経ち、未だ計画段階に留まっている路線も多い。「その中でも、四国新幹線や東九州新幹線など、誘致運動が熱を帯びてきている地域もあります。それを受けて、地理系YouTuberとして何か協力できることはないかと思った時に、みんなが妄想で考えるような新幹線ルートを実際に具現化し、地図にして紹介してみようと思ったんです」
空想とはいえ、リアルな設定も魅力。「ルート選定・距離計算にはこだわっています。ある程度現実味のあるルートでないと、突拍子もない路線となってしまいますから。現実の新幹線計画を考慮した上で、山脈の形状や地質など、さまざまな点を細かく確認しました。また、各新幹線のルートの距離を地図上で測定し、総延長はもちろん、駅間距離も調査。実在する新幹線のものと比較して楽しんでみてください」
製作者本人が語るおすすめの新幹線4選
作ったご本人に、個人的にお気に入りの路線を選んでもらった。
1…リニア北・東新幹線
リニア北新幹線は青森県の八戸から新函館北斗、札幌を経て旭川へ。リニア東新幹線は東京と八戸を結ぶ。東北新幹線と異なり、会津若松などの山に囲まれた内陸部を通ったかと思えば、仙台を過ぎると逆に気仙沼、新釜石などの海岸部を走るルートだ。
「両者は八戸駅を境に直通運転する設定」とおもしろ地理さん。「ルートの距離から所要時間を算定すると、私の地元の札幌と東京間の所要時間は“2時間”だと分かり、非常にテンションが上がりました。仕事やプライベートで札幌~東京を月1回は移動するので、このリニアができたら楽になるだろうな〜と。飛行機は空港アクセスの時間や搭乗前の時間的余裕がどうしても必要なので、駅と駅を直接結ぶリニアは非常に魅力的だと感じます」
2…中部縦貫新幹線
静岡県の新富士駅と福井駅を結ぶ路線で、途中駅には富士山麓、松本、平湯、高山、白川郷といった名前が並ぶ。「中央構造線やフォッサマグナを貫く路線です。難工事が予想され、日本の土木技術を結集した路線になるとも思われます。渓谷や山地を貫く山岳新幹線…ロマンしか感じません。沿線風景も大自然で、観光名所となりそうです」
3…日台新幹線
那覇駅と台湾の南港駅を結ぶ新幹線。途中駅は久米島、宮古島、石垣など。博多から直通運転の場合、台北まで8時間で結ばれる。「東京から台北行きの国際新幹線を運行するという設定にしました。実現すれば、東京駅で『◯番線に、台北行きの列車が参ります〜』とのアナウンスが流れるわけです。まさに鉄道好きのロマンを体現したような路線だと思います」
4…圏央新幹線
「山手線や大阪環状線の新幹線バージョンを作りたいな〜と思って作ったのがこの路線です」。圏央道の新幹線版のようなルートで、神奈川の新駅・新湘南を起点に八王子、熊谷、つくば、成田空港、木更津などを経由して元の新湘南へとぐるり首都圏を外周する。ポイントはこのルートで、「新幹線に内回りや外回りがある世界…妄想がはかどります」
子供のころの夢は「信号機になりたい」
おもしろ地理さんは札幌市出身。「3歳の頃、バス運転手だった祖父の影響で、『信号機になりたい』という夢を真剣に描いていました(笑)。その方法を真剣に考えた時に、道路を知らなくては!と思い立ち、両親に頼み込み日本中の地図を買い漁るようになりました」。親の転勤で東京に引っ越すと街の違いに驚いて、ますます地理にのめりこみ、学生時代を通して1000都市以上を訪問。進学した上智大学では、まちづくりの研究を行っていたそうだ。
YouTubeを始めたのは2年前。地理のチャンネルが見たいのに地理系のYouTuberが少なく、「自分が作ればいい」とチャンネルを開設した。そんな経緯もあり、数々の動画はいずれも地理愛にあふれている。地理好き、鉄道好きならハマるはずの「空想新幹線」を楽しんでほしい。
取材・文=折笠隆