“辛いポテトチップス”といえば「カラムーチョ」。そして2023年で誕生30周年を迎える、梅やビネガーの酸味が特徴の「すっぱムーチョ」。株式会社湖池屋が販売するこれらの商品は、塩味やコンソメ味が一般的なポテトチップスの世界では独自の路線を歩んでいる。
今でこそスーパーやコンビニでよく見かけるムーチョブランドだが、発売前の評判は賛否両論だったんだとか。カラムーチョに至っては社内外から「売れるわけがない」と言われていたという。そんな状態から大ヒットを果たし、今やポテトチップスの定番となったわけだが、一体どんなどんでん返しがあったのだろうか。
今回は株式会社湖池屋(以下、湖池屋)マーケティング本部の矢野匠さんに、ムーチョブランドの開発秘話を聞いた。
「売れない」から大逆転!カラムーチョのモデルはメキシコ料理
湖池屋がカラムーチョを発売したのは1984年。その少し前、おつまみとして食べられる大人向けの新しいポテトチップスの開発を試みていた湖池屋は、アメリカのスナック菓子の市場調査を行うため、開発担当者をアメリカに派遣していた。そこで担当者の目についたのが“メキシコ料理”だった。
「『アメリカで流行しているものは後に日本でもブームが来る』と、その頃のマーケティングでは言われていました。そのため、当時アメリカで人気沸騰中だったメキシコ料理を参考に、新しいポテトチップスを開発することになりました」
その際にモデルにしたのが、「タコス」などで有名なメキシコ料理。湖池屋は数々の試行錯誤を行い、メキシコ料理ならではの肉と野菜の旨味、そして唐辛子の辛味が特徴のポテトチップスを生み出した。しかし、開発当時は社内外から「辛いポテトチップスなんて売れるわけがない」と酷評だったという。
「この頃、ポテトチップスは“子供の食べ物”という認識が強くあったので、『辛い味は子供が食べられないから人気が出ない』と言われていました。そのため、社内だけでなく卸問屋さんや小売店さんからも『売れない商品』と認識されてしまって…。いざ発売してみたものの、売上は前評判通りでした」
辛いポテトチップスが世間に浸透していなかったことが大きな原因となり、売れない日々が続いたそう。そんな折、ある大手コンビニチェーンで販売を開始したところ、口コミが広がって大人気に。「激辛ブーム」を起こすほどに爆発的な売れ行きとなり、晴れてポテトチップスの新たな定番商品に仲間入りした。
「誰が食べるんだ」と言われていたすっぱムーチョ
カラムーチョが大ヒットした9年後の1993年に発売されたのが「すっぱムーチョ」。2023年で誕生30周年を迎えるこの商品は、「“辛い”の次は“酸っぱい”にしよう」という理由で開発された。
「カラムーチョではメキシコ料理を参考にしましたが、すっぱムーチョを作る際に注目したのがフィッシュアンドチップスでした。これはイギリスを代表する料理で、モルトビネガーをかけて食べるのが特徴です。フライドポテトとお酢の組み合わせを再現し、酸味でポテトチップスの旨味を引き立たせたのが『すっぱムーチョ うすしおビネガー』でした」
現在は「すっぱムーチョチップス じゃがうまビネガー」と名付けられて販売されているこの商品。発売時は酸っぱい味とポテトチップスの組み合わせがなかなか想像できなかったこともあり、「誰が食べるんだ?」という声もちらほらあったのだとか。
「食べてもらった人からは『おいしい!』と評価が高いのですが、名前や味のイメージで食わず嫌いになっている人も多いですね。なお、発売前の社内外からの評判は、カラムーチョの成功もあったため期待値はわりと高めでした」
また、この頃は1987年に「スコーン」、1990年に「ポリンキー」、そして1993年にすっぱムーチョと、現在でも人気がある商品を続々と発売していた時期。すっぱムーチョを発売することとなった背景には、「新しい商品に挑戦し続けたい」という湖池屋の意識が強くあった。
そして、2006年にはムーチョブランドの強化を図るべく「すっぱムーチョ さっぱり梅味」を発売。爽やかな梅の酸味と塩味の相性が良いと評判になり、すでに発売していたうすしおビネガーの人気を抜いて看板商品になったという。
時代の変化に果敢に挑戦するムーチョブランド
湖池屋はムーチョブランドをさらに訴求すべく、さまざまなフレーバーを展開している。これらのヒットに続くような商品開発を常に行っており、過去には辛味や酸味以外の“五味”を追求する商品を発売したこともあったとか。
「2014年には『あまムーチョ』という商品を出しました。ほかに、苦味を取り入れた『にがムーチョ』という企画も脳裏によぎったことがあります…まだ実現はしていませんが(笑)。過去には五味以外のアイデアとして、シソの香りの『しそムーチョ』や、魚介の旨味を引き出した『シームーチョ』などの商品を展開しています」
そしてここ最近、湖池屋が力を入れているのが「甘辛味」の商品。韓国ブームもあり、若年層を中心に韓国料理が親しまれていることに目をつけ、ヤンニョムチキンの甘辛い味を再現した「甘辛カラムーチョ ヤンニョムだれチキン」を発売した。
その後、同じ韓国グルメをテーマにした商品として、カニの旨味に甘辛しょうゆダレを組み合わせることでカンジャンケジャンの味わいを再現した「スティックカラムーチョ ケジャン」も発売。こちらはもともと「カニムーチョ」として企画され、ボツになったものだという。
「昨今の韓国ブームで韓国料理特有の甘辛い味が人気になっています。基本的にカラムーチョは30~50代男性、すっぱムーチョは女性を中心に人気ですが、若年層に向けてブランドを訴求したいと思い、このようなテイストの商品を販売しています。今後はさらに甘辛系のフレーバーを定着させていきたいです」
「お菓子にも情緒的な価値を」ムーチョブランドが目指すもの
誕生からおよそ40年もの間、愛され続けているムーチョブランド。現在は長年のファンを大切にしつつ、若年層に向けたブランド展開を図っている。そのなかでも大きな変化が、2022年3月に行ったすっぱムーチョのパッケージデザインのリニューアルだった。
「コロナ禍で家にいる時間が多くなった際、おつまみや気分転換としてすっぱムーチョを食べる人が増えました。特に若年層にこの傾向が強かったため、新規ユーザーの獲得に向けてパッケージデザインを変更しました。新パッケージでは、すっぱムーチョを食べた時のリフレッシュ感を表現しています」
矢野さんはムーチョブランドの魅力について、「食べることによって気持ちを切り替えられること」と話す。味そのものを楽しむだけでなく、カラムーチョの刺激的な辛味でエキサイティングしたり、すっぱムーチョの酸味でリフレッシュしたりといった、今までにないポテトチップスの楽しみ方を提案している。
「若い世代は、気持ちを切り替える『情緒的な価値』をお菓子に求めている傾向が強いです。そのため、今後はムーチョブランドをスナック菓子としての価値を超えた存在にしたいと考えています。時代が進むにつれてどんどん味覚の趣向が多様化するなか、多くの人々に喜んでもらえるようにムーチョブランドにエンタメ性を持たせて、わくわくドキドキできる文化の1つにしていきたいです」
発売当初は「売れない」と言われていたムーチョブランド。しかしポテトチップスの定番商品にまでになったのは、湖池屋が時代の変化と真摯に向き合って挑戦し続けたからだと言える。次はどんなフレーバーが展開されるのだろうか。これからの展開に期待が止まらない。
取材・文=越前与