「eスポーツの格ゲー大会で“全盲の選手”が勝利」格ゲーの金字塔『スト6』の「サウンドアクセシビリティ」が開発・導入されたワケとは

2024年3月13日

2023年6月2日の発売以来、多くの注目を集めている対戦格闘ゲーム『ストリートファイター6』(以下、『スト6』)。同作では、バトルの核となる「ドライブシステム」や複雑な操作を必要としない「モダン」操作といった新しい試みが採用されており、結果として多数の新規ユーザーの獲得につながっている。

なかでも、視覚情報を必要としない対戦を可能にする「サウンドアクセシビリティ」というシステムが、現在eスポーツ界で大きな話題を呼んでいる。2023年8月に開催された『EVO2023』の『スト6』の予選で全盲の選手がこのシステムを駆使し、見事な勝利を収めたことは、ゲームの新たな可能性を広げるきっかけになったと言えるだろう。では、このシステムがどのような経緯で導入されたのか。

今回は、株式会社カプコン オーディオディレクター/サウンドデザイナー・渥美格之進さんとオーディオ/ミュージックプロデューサー・小池義規さん、そして『スト6』ディレクター・中山貴之さんに、サウンドアクセシビリティの導入経緯と同作の展望などについて聞いた。

視覚情報がなくてもプレイが可能な「サウンドアクセシビリティ」の開発の経緯と作品の展望に迫る【画像提供=カプコン】


ePARAと実現したサウンドアクセシビリティ


ーーまず、サウンドアクセシビリティの開発経緯についてお聞かせください。

【中山貴之】『ストリートファイターV』(以下、『ストV』)が稼働していたときに、海外のプレイヤーからバリアフリーに関する提案を受けていたこともあり、すでに意識を向けていました。ただ、当時は新しい機能を追加する余裕がほとんどありませんでした。そのため、その後の作品で何か対策を講じられないかと考えていました。

【中山貴之】またサウンドアクセシビリティの開発前から、バリアフリーeスポーツの企画・運営・支援をしている(株)ePARA(以下、ePARA)さんや、同社が主催している『心眼CUP』といったイベントも知っていました。そして私たちも視覚や聴覚に障がいのある方を含め、より多くの人にゲームを楽しんでもらいたいという思いがあったので、特別何かのきっかけがあったわけではなく、自然とサウンドアクセシビリティを開発する流れになりましたね。

ーーユーザー層の拡大をの一環として行われた取り組みだったのですね。

【中山貴之】はい。それとタイミングも良かったんだと思います。

【画像】オプションにて細部にわたるカスタマイズが可能です。自分の好みに合わせた音環境で楽しむことができます。【画像撮影=西脇章太】


ーーでは、導入に際して直面した困難や工夫された点についてもお聞かせください

【渥美格之進】最初の大きな課題は、ストVをプレイしたお客さまからの要望にあった「対峙するキャラクター間の距離感をわかりやすくしてほしい」という点に、どう応えるかでした。どのようにして距離感を明確にし、理解しやすくするかについてのアプローチを見つけるまでは、いろいろと悩みましたね。

ーー突破口となったきっかけは何だったのでしょうか?

【渥美格之進】最初に私たちが考えたのは、音を変えることで距離感を表現できないかという仮説でした。どのようなアプローチが良いか試行錯誤しましたが、目が見える私たちには、視覚障害を持つ人たちが何を重視しているのか、どの情報が重要かを理解するのが難しい、という壁に直面しました。

【渥美格之進】そうして行き詰まりを感じていたところ、ePARAさんとの出会いがありました。そこからはePARAさんの協力を得て、私たちが考えた距離感の表現方法についてフィードバックをいただき、指摘された点を改善しながら、さらに質の高いものに仕上げていく、というプロセスを繰り返しました。

敵の距離に応じてSE(効果音)が変わります。敵が遠いとテンポが遅く、近づくほど速くなる。さらに、プレイヤーが画面の左側または右側にいるときでSEが変化す【画像撮影=西脇章太】


ーー開発の過程で特に印象に残っていることはありますか?

【渥美格之進】目が見えるか見えないか以前に、ゲームをよりわかりやすいサウンドデザインで提供したいという思いで作っていました。ですが、視覚に頼ることなく音のみで差異を表現するのは、予想以上に難しかったですね。

【渥美格之進】視覚がある私たちには、絵が違えば理解できてしまうし、特定の音が聞こえればそれで足りるというように、脳が自然と情報を補完してしまいます。また、ePARAさんからのフィードバックを聞いていると、音だけでは差異は認識できるものの、それがわかりやすいかというと必ずしもそうではないという意見もありました。どうしても、ある程度は視覚情報を前提にしてしまう部分があるというのが、大きな課題でした。

ーー発売できる段階になったのだと実感できたタイミングはありましたか?

【渥美格之進】ePARAさんにプレイしていただき、彼らから大きな喜びの声をいただいたときですね。その反応を見て、ひとつのゴールに到達したと感じました。ただ同時に、改善や追加が無限にできることもわかりました。そこで、ePARAさんの反応をひとつの区切りとし、その後は製品の発売に向けて進めていきました。

ーーePARAさんからの反応で特に印象に残っていることはありますか?

【渥美格之進】はい、特に距離感の表現だけでなく、サウンドオプションを細かく調整できるようにしたことで、ePARAさんから大変喜んでいただけました。従来との違いとして。SEやボイス、BGMだけでなく、打撃音や環境音などより細かい設定を可能にしました。プレイヤーが自分の聞きたい音を強調できる設定を自由に作れるようになったことが、特に好評でしたね。

サウンドアクセシビリティを通じて、ゲームに新たな可能性が!


ーー発売後、プレイヤーからはどのような反響がありましたか?

【中山貴之】当初はサウンドアクセシビリティの機能を大々的には公表していませんでした。しかし、ベータテストの際にプレイヤーがこの機能を見つけてくださって、いろいろなことができると広めていただいたのが、ひとつの転機となりました。その結果、使用するプレイヤーが増えて、大会での活用例も見られるようになりました。私たちの初期の目標であった「多くの人に遊んでほしい」という願望に貢献できたと感じています。一方でSNSを通じてのフィードバックも多く、多くの気づきを得られましたね。

ーー特に印象に残っているフィードバックはありますか?

【中山貴之】ブラジルのゲームショーにて弊社が試遊ブースを出展していたんですけど、その際に目の見えないプレイヤーから「サウンドアクセシビリティを導入してくれたおかげで、大会にも出られるようになってとてもうれしい」と感謝の言葉をいただいたことが非常に印象的でしたね。

ーーオフラインでもサウンドアクセシビリティを用いたイベントが開催されたそうですが、こちらはどのような経緯があったのでしょうか?

【小池義規】こちらはサウンドアクセシビリティに関する反響や『心眼CUP』を通じて、目の見えない方々にゲームで遊ぶきっかけを提供するようなイベントを、ePARAさん主導で企画・運営していただいていますね。うれしいことに、こうした取り組みによって『スト6』をはじめ、ゲームは誰でも楽しめるという認識が広がりつつありますね。

上段、中段、下段の攻撃は、それぞれ特徴的なSEで区別がつくようになっている。また、相手を飛び越えて背後から攻撃する「めくり」にも専用のSEが設定されている【画像撮影=西脇章太】


ーーeスポーツの大会にて、全盲の選手がサウンドアクセシビリティを駆使して勝利したことが記憶に新しいですが、これについてはどう感じましたか?

【中山貴之】私は現場にいたんですけれども、出場選手をはじめ、多くの方が応援する注目の一戦でした。大会の運営側もサウンドアクセシビリティを意識して試合を進めてくれたことが、私たち開発側にとっても大変うれしかったです。実際にサウンドアクセシビリティを使い、対等以上の戦いを展開する選手のプレイを見ることができ、開発者として大きな喜びを感じました。この試合を見た盲目の方が「自分も挑戦してみたい」と感じるきっかけになればと思っています。

ーーバリアフリーの側面で、今後実現させたいシステムなどはありますか?

【中山貴之】サウンドについてはゲーム側からしかできなかったアプローチなので、周辺機器のアーケードコントローラーやゲームパッドなどの入力デバイスに関しても、より多くの方にゲームを楽しんでいただけるような取り組みを検討しています。例えば、今回はワンボタンで特定のアクションを実行できるモダン操作を導入しました。これは格闘ゲームへの参入障壁を下げることを目的としていますが、サウンドアクセシビリティと合わせて、より多くの方にゲームを楽しんでもらうために導入したシステムです。

【中山貴之】こうした新しい試みに対する反応はとても良くて、「これなら自分も遊べる」という声を多くいただきました。とはいえ、この障壁を越えることだけが目標ではなく、さまざまな側面からアプローチし、継続的に改善していきたいと考えています。『スト6』のサウンドアクセシビリティはその一例と言えますね。SNSや大会での貴重なフィードバックをもとに、同作だけでなく、長期的な視点で考え、学び続け、さまざまなニーズに対応していきたいと思っています。

自身と対戦相手の体力やスーパーアーツの残ゲージもSEで知らせてくれる【画像撮影=西脇章太】


ーー『スト6』では新規層の拡大に向けた数々の施策があったかと思いますが、発売後に何か大きな変化はありましたか?

【中山貴之】以前までの『ストリートファイター』シリーズは35歳から45歳の男性ユーザーが主な層でしたが、『スト6』の発売後7カ月で、最も多いユーザー層が20代に変わりました。特に日本やアジアのプレイヤーが活躍していることが目立ち、女性プレイヤーの比率も上がっていますね。

ーーこの大反響は想定の範囲内でしたか?

【中山貴之】もちろん、若返りは目指していましたが、実現するのは容易なことではありませんでした。開発側としては、アクセシビリティを向上させることで、より多くの方が手に取りやすく、安心して楽しめるゲームを目指してきました。対戦格闘ゲームの遊び方を学べるモード「ワールドツアー」を導入したことで、初心者にも「始めやすい」と感じてもらえるようなゲームになったと感じます。この取り組みが、新しいユーザー層を呼び込むきっかけになっていると、発売後に実感しましたね。

将来的にはシニアのプレイヤーも!『スト6』の気になる今後


次に『スト6』のプレイヤーに向けて、今後期待していてほしい要素などあればお聞かせください。

【中山貴之】まず、直近の1年間で4体の追加キャラクターを出しましたが、次の年、その後も新キャラクターを継続してリリースする予定です。また、対戦をしたくない方にも『スト6』を楽しんでほしい、という思いで作った「ワールドツアー」モードにも新しいコンテンツを追加していく予定です。追加キャラクターの「豪鬼」や「エド」などもワールドツアー内に登場しますし、それ以外にも楽しめる要素が増えていくことはお約束できるかと思います。

【中山貴之】さらに開発メンバーも、プレイヤーのみなさんに楽しんでいただけるようなコンテンツを日々考えています。やはり「『スト6』を買って損した!」とは思ってほしくないので、誰が遊んでも「楽しかった!」と言ってもらえるように、さまざまな要素を入れていく予定です。ぜひ楽しみにしていてください。

ーー『ストリートファイターリーグ』に関しても、来季からは2リーグ制となり、さらなる盛り上がりを見せそうですが、そこに向けて何か仕掛けていることはあるのでしょうか?

【中山貴之】まず私たちが目指すのは、プロの選手たちだけでなく、対戦で勝てない方、そもそも対戦をしない方など、すべてのプレイヤーが平等に楽しめるコンテンツの提供なんです。とはいえ、プロゲーマーチームを応援するためのバッチを、ゲーム内の「バトルハブ」で買えるようにしていたりしますが、それは数あるコンテンツのひとつと考えています。

来季より2リーグ制となる『ストリートファイターリーグ』。「Crazy Raccoon」、「FUKUSHIMA IBUSHIGIN」、「Yogibo REJECT」が参画し合計12チーム、総勢48名によるリーグ戦に!【画像提供=カプコン】


ーーまた今後の展望として、例えば介護施設でeスポーツができるところを作って、ご年配の方でも楽しめるゲ ームになれば、さらに可能性が広がりそうですが、シニア層に向けた施策などは考案されているのでしょうか?

【中山貴之】いいですね。それくらいプレイヤーの年齢層を広げていきたいです。ちなみに、ローカル対戦のみ使用可能なシステムとして、ボタンひとつでキャラクターがいい感じで戦ってくれる「ダイナミック」という操作タイプを導入しています。これは『ストリートファイターⅡ』を久々にプレイする親世代と子どもが楽しく対戦できる、というようなコンセプトで作ったので、もしかしたらご年配の方にも応用できるかもしれませんね。

「ダイナミック」操作により対戦格闘ゲームの初心者でも楽しるように。これをきっかけに、親子3世代で『ストリートファイター』をプレイするのが当たり前になる日がくるかもしれない【画像撮影=西脇章太】


ーー親子だけでなく、それこそおじいちゃんと孫が対戦するといった状況になれば最高ですよね?

【中山貴之】本当にそうですね。70歳以上しか参加できない大会とか開催できたらおもしろそうです。このように人とのコミュニケーションの手段として、ダイナミックなどを活用して楽しんでいただくことは年齢にかかわらず可能だと思うので、ぜひ積極的に遊んでいただきたいですね。

ーー今後の展開が楽しみになってきました!本日はありがとうございました!

取材・文=西脇章太(にげば企画)