今、県外から多くの若い世代が移住し起業する街「韮崎」が、人を惹きつける理由とは

2024年9月4日

リノベーションで韮崎の街を再生する一級建築士、千葉健司さんとIROHA CRAFT

JR韮崎駅のホームからも見える、商店街で一際目立つ鉄筋コンクリートの5階建てビルが「アメリカヤ」だ。見た目のとおりにその歴史は古く、誕生は1967年。長い間商業ビルとして、韮崎の街を盛り上げてきた。一度その歴史に幕を下ろし廃ビルとなっていたところを、一級建築士事務所のIROHA CRAFT(イロハクラフト)によってリノベーションされ、2018年に蘇った。現在は9つのテナントと、コミュニティスペースが入る複合施設として、韮崎の人々に愛されている。

韮崎のランドマーク「アメリカヤ」は韮崎中央商店街にある


アメリカヤ復活の仕掛け人であり、IROHA CRAFT代表の千葉健司さんは韮崎高校の出身。青春時代を韮崎で過ごした。京都で建築を勉強した後、山梨に戻った千葉さんは笛吹市の石和温泉で設計事務所を立ち上げる。事務所が手狭になったことをきっかけに、ちょうどいい物件を韮崎に見つけて移転。韮崎に戻った千葉さんは、アメリカヤが閉店し活気のなくなった商店街を見て、「昔の賑わいがなくなってしまったな」と寂しく感じたそう。そんなとき、得意のリノベーションでアメリカヤを再生したらおもしろいことが起こるのではと思いつく。アイデアをいろいろな人に話しているうちに、偶然ビルのオーナーの耳にも入る。廃ビルの管理に困っていたオーナーと、そのビルをぜひ借りたい千葉さんとが奇跡的につながった。

「IROHA CRAFT」代表で一級建築士の千葉健司さん。アメリカヤ4階のバルコニーからは韮崎の街が一望できる


――すぐに借りられたんですか?

【千葉さん】話をしてみるとオーナーさんも管理に悩んでいたんですよ。「貸すのは構わないけど、本当にいいの?大丈夫なの?」と、逆に心配してくださいました。確かに15年間もの長い間廃墟の状態だったので、誰もがそう思うでしょう。でも、いや、絶対に大丈夫ですって、迷惑かけないので貸してくださいって。それで借りることができた。それが2017年の11月。そこからすぐにスタートして、工事が5カ月間で。そのときはまだ何も決めてなかったんですよ。ただ、アメリカヤをリノベーションして、4階に事務所を置きたいなっていう。ここに、バルコニーがあるところにという気持ちだけで、あとはノープランでした。

――どう決めていったんですか?

【千葉さん】SNSとかで発信してたんですよ。そしたらそれに共感する人がどんどん集まってきてくれて、実際にビルをどう使うか、工事をしている間に決まっていったんです。最終的に5カ月で入居者が全部決まりました。


――すごいですよね。

【千葉さん】そうなんです。9つのテナントと、あと5階がフリースペースなんですけど、2018年の4月に華々しくオープンしたっていう。工事中からめちゃくちゃ反響があって。普通はお店がオープンしたらテレビ取材とか入るじゃないですか。工事中から、地元のテレビ局の山梨放送とテレビ山梨の両方が3回ずつ放送してくれて。「帰ってきたアメリカヤ」みたいな30分特別番組までできて。

――思ってた以上の反響があったんですね。

【千葉さん】全国紙の記事になったり、ファッション雑誌に載ったり、建築の賞をとったり、不動産業界とか、街づくりの業界とか、リノベーション業界とか、中学校まで講演してくれとか、もういろんなジャンルに広まっていって。本当に想像していた以上でしたね。もっと言うと、結構みんなびっくりするんですけど、29歳で独立した時に50万円しかなくて。50万円で始めた事業がこんなに大きくなって、今スタッフが8人。よくここまで来れたなって感じですね。

山梨県の建築文化奨励賞を受賞


リノベーションで韮崎の街を再生していったら、自然と外から人が集まるように

アメリカヤをリノベーションで復活させたら、さまざまな方面から注目されることに。自身のライフワークとしてやったことで、多くの人に喜んでもらえたことが嬉しくて、千葉さんの興味は少しずつ街全体へ向けられるように。最初はまったく街づくりなんて考えていなかったそう。

――結果、街づくりについて考えるきっかけになったということでしょうか。

【千葉さん】建物単位でしか考えてなかったものが、ちょっと外に向いて。たくさんの方に喜んでもらえたことで、街づくりってところに少しずつ興味をもってですね。そんなときに、アメリカヤの向かいに古い長屋があって、その築70年の古い長屋が壊されるって聞いて見に行ったんですよね。これはちょっと壊してほしくないなと思って。アメリカヤにもお客さんが、県外からも来てくれるようになったんですけど、見たら帰っちゃうからもったいないなと思ってて。だったら帰りがけに夜、飲める横丁なんかね、作りたいなと思って。大家さんに直談判して、ここ(アメリカヤ)と同じように、建築屋なのですべて自分で直すし、絶対に迷惑をおかけしないから貸してくださいっていうことで貸してもらえて。工事に4カ月かかったんですけど、入居するお店についてはやっぱりノープランで。

アメリカヤの向かいにある「アメリカヤ横丁」。夜になると灯りがともり、人が集まってくる


――アメリカヤ横丁のお店は、もともとあった飲食店ではないんですか?

【千葉さん】4カ月で5店舗の居酒屋を誘致して、全部埋まって、2019年9月7日からオープンしたんです。そしたらまあ、それもまた結構話題になって。駅前にこういうのを作ったことで、市外や県外からわざわざ電車で飲みに来てくれる人も増えました。

――終電を気にしなくて済むように、宿泊を確保して飲みに行きたいです。

【千葉さん】そうですよね、今度は泊まれたらいいなって。たまたま、空きビルが2つあって空き家バンクに登録されてたんですけど。そこをゲストハウスにする構想を勝手に考えて、勝手に図面を描いて、こうしたらいいなって想像してたんです。そしたら甲府の街づくりに尽力されている方がいて、甲州夢小路っていうところなんですけど、そこの会長さんが韮崎おもしろいからって。そのときにゲストハウスにしたいんだって言ったらやろうよって言って、すぐに買ってくれて、運営する人も連れてきてくれて。実際にあっという間にできちゃった。横丁が2019年9月に誕生して、ゲストハウスは2019年12月にはできちゃったんですよ。

――またしても、すごいスピードですね!

【千葉さん】何も考えてない。シンプルな思いだけで。

アメリカヤ屋上にて


――その実行力がカギなんですね。シンプルな思いで街を変えていく。

【千葉さん】初めから思っていたことなんですけど、アメリカヤがこれだけ注目してもらって、だけどやっぱり流行りって1年とか2年で終わっていくじゃないですか。そういうふうになりたくなくて、一過性のものであってほしくなかったんです。なので、そうやって少しずつ仕掛けを作っていって、さっきのゲストハウスまでやったら、今度、自分が主体的に動かなくてもいろんな人が外から韮崎に移住してくるようになった。お店をオープンするようになったんですよ。

――韮崎に人が集まってくるようになったんですか?

【千葉さん】本業のリノベーションをがんばっているだけで、その街づくりの手伝いができるようになってきたんです。やっぱり自分主体で動くって、行き過ぎるとキャパがあるじゃないですか。でも、ここまでやったら今度は自然といろんな人が集まってきて、新しい店舗がどんどんできてきて、ピザ屋さんとか、パン屋さんとかね。あのコーヒースタンドとか。多分もしかしたら、コロナも追い風になった部分もあるかもしれない。

――人が増えたなという実感はありますか?移住されてくる方とか。

【千葉さん】はい、本当にすごい移住してきている。東京で家賃って何十万とか百万超えるところもいっぱいある中で、この辺って5万円から10万円ぐらいでゼロ1つ違うんですよね。だからやっぱりコロナ禍で、東京でやってるのはどうかなって。こっちに来て起業される方がすごく増えました。

――市としても掲げてますものね、ひとりひとりが輝ける街、韮崎って。若い人たちを応援するっていう。

【千葉さん】そうですね、いろいろ挑戦したくなる街という。バックグラウンドがあって、だからこそチャレンジしやすい場所だと思うんですよね。

古きよきものをリノベーションする街づくりで、韮崎に人を呼ぶ

韮崎をリノベーションで元気にしていく、そんな街づくりを楽しむ千葉さん。この街のどんなところに魅力を感じているか、また、これからの韮崎について聞いた。

――千葉さんにとって韮崎の魅力というのは何ですか。

【千葉さん】韮崎の魅力は、街並みとかやっぱり緑とか自然とか、そういうものだと思いますね。古きよき街並みがそのまま残されてて、特にこの商店街もそうだし。それを新しい付加価値を与えて、リノベーションして残していくことで、さらに韮崎の魅力を発信していけるのかなと思いますけどね。何でも新しく作り替えちゃうんじゃなくて、歴史とか文化とかそういうものを残しつつ、新しいものをちょっと加えて発信していけばいいのかなって。リノベーションの街、韮崎って言いたい。


――言いましょうよ!

【千葉さん】それがマイナスじゃなくて逆にプラスで、空き家だけどそれを有効に活用して。そこに若い人たちが集まってきて、活気が生まれて、さらに魅力を増して行くっていうのもありなのかなと思います。やっぱり若者も低所得化とかで新築に行けない人も結構多いじゃないですか。でもお金だけの問題じゃなくて、なんかそういう古きよきものに価値をね、見出している若い人も多くて。だから韮崎も、新しいほう、新しいほうへとどんどん行かないで、今までの韮崎にうまく付加価値を与えて売りにしていってくれたらいいなと思いますね。懐かしい感じの昭和レトロな街並みを活かしていきたいです。

――新しい世代にもレトロブームとして受け入れられるんじゃないでしょうか。

【千葉さん】世間には昭和風に作られたものもたくさんありますけど、韮崎にはそのリアルがそのまま残ってるから、本物ですもん。ここの(アメリカヤ)横丁なんてもう。

――本物がね。

【千葉さん】そうそう、あります。

レトロな雰囲気のアメリカヤの階段


――本当にだから、千葉さんから見たら韮崎の街はすごい魅力がいっぱいですよね。

【千葉さん】魅力だらけです。

――その魅力に人が集まってくる。やっぱり韮崎の外からいらっしゃる感じでしょうか。

【千葉さん】そうですね、だから結構この辺、増えましたね。新しいお店が増えた。おもしろいのが、商売始めるときって、山梨でいうと甲府とか昭和とか人がいるところを選ぶのがだいたいセオリーじゃないですか、普通に考えると。韮崎に集まる人たちってなんかすごい野心もあって、自信もある人ばっかりなんですよ。例えばそこのピザ屋(SEI OTTO-セイオット-)さんも、ピザ職人として東京で修業して、ピザの全国のコンテストで入賞するぐらいの腕前がある人で。石田西洋菓子店さんとかも、フランスで洋菓子のコンテストで世界2位になったりとか、そういう人が韮崎を選んでやってくる。自分たちが人を呼んでやろう、みたいな気持ちだったりとか、別に場所なんか関係ないんだって、うまけりゃ人が来るみたいな、自信がある人たちがすごく多い。

――アメリカヤがあるからじゃないですか?影響が大きいんだと思います。憧れの存在というか、人を引き寄せている。

【千葉さん】うん、まあ、一旦はみんなここに来てくれますもんね。

その存在感から、自然と人を惹きつけるアメリカヤ


――最初のインパクトがすごい強かったんだろうなと思います。起爆剤になったっていう。

【千葉さん】そうかもしれません。最近、空き店舗ツアーっていうのを開催してて、去年2回目だったのかな。60人ぐらいエントリーがあって、絞って40人くらいにして。いろいろ空き家とか空き店舗とか、あとはリノベーションした店舗もあったりとか、そういうツアーの企画をアメリカヤと商工会と協力してやったんですよね。去年、実際に参加してくれた人が、もう今2軒お店を作ってて。地道な積み重ねがようやく形になってきてるってのがありますよね。今年も9月7日(土)に企画してるんだけど。

――すごいですね、もう2軒ですか。速い、スピードがありますよね。

【千葉さん】今こうやってお店がどんどん増えてきたので、今度は暮らすっていうところに焦点を当てて、韮崎の外から来る人が移住しやすい、例えばまとまった空き家をまるっとリノベーションして「アメリカヤ村」みたいな。今までは、遊んだりする場所と、飲む場所と、泊まれる場所って作ってきたじゃないですか。次は、楽しく安心して住めるような場所を作っていけたらいいな。


――それはもう結構具体的に進めていくイメージなんですか
 
【千葉さん】うんもう今、結構イメージはしてて。どんな方法をとるかってところをいろいろ模索しながら、空き家や空き店舗とか、そういうものを使ってリノベーションして、移住者を受け入れられる集合住宅というか、そういう場所を作りたいなあっていう。
 
――とても楽しみですね!


かつては空き家率全国1位だったこともある山梨県の問題に、リノベーションやものづくりの力でその壁を打ち破ろうと街ぐるみで取り組み続けている韮崎市。古きよきものを残し生かす街全体に付加価値が付いたことで、住みたいと思う人が自然と集まってくる。人が集まれば、文化が生まれ、地域のブランド力がアップ、そうしてまた人が集まる…。この好循環こそが地方活性化のカギ。発展途上途中の韮崎の、今と未来が楽しみだ。


文=水島彩恵
撮影=吉澤咲子

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