「たんとスープ」が提案する持続可能な農業とは。スープをきっかけに生産者を増やす

2021年12月20日

「社会貢献型企業の起業当初は、SDGs(エスディージーズ)のような考え方もなかったので、『新しい経済のあり方』と言っても伝わり辛く、苦労の連続でした」と、スープ専門店「たんとスープ」を運営する日本農業株式会社の代表取締役・大西千晶さん。日本農業株式会社は、就農者を増やすことにより、新しい経済のあり方を発信するビジネスモデルとして立ち上がった、若手農業ベンチャーだ。農業に軸を置いて起業したきっかけやその思い、今後の目標について聞いてみた。

自社農場で育てた旬の野菜で作るスープが人気


1次産業からスタートしたスープ専門店

スープを「農家が直接消費者の窓口を持つ」6次産業として、農業からスタートした「たんとスープ」。野菜を野菜市場だけではなく、ヘルスケア市場や医療市場にもマーケットを広げたいという思いから、人を健康にし、おいしさからブランディングできる“スープ”に着目した。

「2010年の起業当初、2050年問題(※)を考えていた時に、農業体験に参加する機会がありました。大阪から車で約1時間半で行ける関西の里山でしたが、既に過疎地域。食の根幹の現場に触れて、未来への憂いを感じました。しかし憂いだけではなく、希望を感じることも。農業であれば、耕せば耕すほど、地方が創生され、果実の実る木が残り、文化が残る。これは、関心があった『新しい経済のあり方』を生み出せることなのではないかと思い、農業での起業に至りました」と大西さん。

※少子高齢化や環境問題、AI化による技術革新に伴う問題といった、2050年に世界や日本で予想される問題

日本農業株式会社・代表の大西千晶さん。2010年、神戸大学在学中の20歳のときに農業ベンチャーを起業した。写真提供:無印良品


しかし、日本の1次産業の現場には課題が多い。「少子高齢化で就農者は増えない。“就農者が食べていけない”という、野菜をきちんと売ることの難しさもあります。産地のブランド化された野菜のみが流通し、卸先の商売上、納品時期や規格が決められており、フードロスの多さや安定した供給も困難で、多くの壁にぶつかりました」と話す。

京都府南丹市と大阪府箕面市に自社農場がある


そんな農業界にイノベーションを起こすため、6次産業に注目。無印良品とパートナーを組み、2019年11月1日に「たんとスープ」の1号店が京都に誕生した。

自然のパワーを秘めたダシ

スープには、農薬や化学肥料を使わない「環境保全型農業」で育てた野菜を使い、皮や規格外のものなども取り入れたベジブロス(野菜ダシ)を使用。

「ヘタや皮は使い道がないと思ってそのまま捨ててしまう人が多いと思いますが、実はこれらには、外敵である害虫や紫外線から身を守るための『ファイトケミカル』という野菜の豊富な栄養素が詰まっています」と大西さん。栄養はあるが、食べにくく処分しがちな部分も余すところなく使い、パワーを秘めたダシを作る。

採れたてのニンジン。しっかりと育ち自然のパワーを感じる。写真提供:無印良品


「スープの具材は、その時に収穫できる旬野菜を使うため、決まった野菜が入っていないことが特徴です。旬野菜はおいしいのはもちろん、私たち農家にとっても、自然のサイクルに合わせた野菜をスープに供給することでフードロスをなくせます。例えばクラムチャウダーなら、春は『春キャベツ』、夏は『ズッキーニ』、秋は『カボチャ』、冬は『カブ』など…。旬を楽しんでいただけます」

スープから就農者を増やす活動を

「私たちはスープを通じて、就農者が増えるような活動を行っています」と大西さん。その方法とは?

夏は白丸茄子(緑)や泉州絹皮水茄子(紫)など、農薬不使用で栽培した旬野菜が収穫される


「農場にお越しいただけるような機会も積極的に行っています。6次産業により、店舗の店長やスタッフ、顧客など、さまざまな関係者が増えます。その関係者には繁忙期だけでも農場に手伝いに来てもらうような仕組みを作り、『期間限定農家』を増やして『都会から農村に逆出稼ぎ』する取り組みに挑戦。店舗が増えれば増えるほど、農家が増えます。技術にバラツキがある新規就農者が作る野菜でも、スープの原料として使えば特に問題はありません。私たちのスープをきっかけに、農業とほかの仕事(X)を組み合わせた働き方『半農半X(エックス)』で独立を目指すメンバーの野菜も、スープとして使用するなど、スープから就農者を増やしています」

「スープ店を増やすことが理念なのではなく、就農者を増やすことが目標です」と大西さん


新型コロナウイルスの出現により、活動に対する問い合わせが多くなったそう。大西さんは「人獣共通の感染症は、生物多様性が損なわれたことによる環境問題が背景にあるというような話もあって、生物多様性の宝庫である里山の農業に関心が高まっていると感じています」。

スープのファンにも、種まきや収穫などの手伝いができる機会を作っている


活動が注目され、里山の生産から、販売のスープまで一気通貫(いっきつうかん)で行っている担い手として、SDGsについて話す機会も増えている。「昨年は国連主催の『国連食料システムサミット』の関連イベントで登壇し、未来に向けて持続可能な食料システムを作っていくために何をすれば良いのか?ということをディスカッションしました」と大西さん。

農業体験は初心者から将来的に就農を目指している人まで幅広く参加。興味があればHPから問い合わせを

自分たちで育てた野菜をスープで飲むのも楽しみだ


スープ専門店は京都と大阪で3店舗展開

現在、「たんとスープ」は、無印良品 京都山科店(1号店)と大丸梅田店(2号店)、9月29日にオープンしたクリスタ長堀店(3号店)の3店舗を展開。

「各店舗で、日替わりでスープを4種類と、ベジブロスを使ったカレーを2種類提供。スープのセットには、体にうれしい玄米酵素ご飯やモチモチの米粉パン、ダイエット期間にぴったりなコールドプレスジュース、原材料の半分が野菜のアイスも用意しています。スープ単品はスモール390円(180cc)、ラージ540円(250cc)。セットメニューは660円~あり、ランチでも気軽にお楽しみいただけます」

大丸梅田店は地下1階食料品フロアの東側にある。カウンター12席


おすすめのメニューを聞くと、「たんとスープセット990円です。スープを2種類チョイスして、玄米酵素ご飯かパンをセットで選べるお得なセットです。また、ベジブロスを使ったカレーも人気です。自家製のルーと厳選したスパイスで作っており、農場のある京都府南丹市のジビエ肉のトッピングも選べます」とのことだ。

無印良品 京都山科店。フードコート86席でイートインができる


農業体験イベントを定期的に実施。また、大丸梅田店ではスープだけでなく、野菜の販売を行うこともある。

スープを2種チョイスし、玄米酵素ご飯orパンが選べるたんとスープセット990円。スープかカレーとのセットの場合はコールドプレスジュースが350円(単品470円)に

自家製ルーと厳選したスパイスで作るカレー990円も人気。京都府南丹市の鹿肉のジビエトッピング200円もおすすめ


目標は未来に地球の自然環境を残す企業

大西さんに今後の目標や思いを聞くと、「自然から学び、未来に地球の自然環境を残せるような企業のあり方を示していくことが目標です!大きな問題に向き合うことが無謀だと思われることもありますが、食や農は人にとって身近な営みで、土壌の生物多様性を守ることから、足るを知る経済、循環型の経済を広めていくことを目標に、農の入り口と出口を作り続けたいと思います」。

大丸梅田店の地下1階東入り口スペースで定期的に開催される、野菜の直売「たんとマルシェ」

容器や包材には紙素材や生分解性のバイオプラなどのエコ素材を採用


さらに大西さんは、「人生100年時代の到来や、これまで想像もしなかった感染症の出現によって、健康寿命を延ばす食や免疫力を高める食に注目が集まっています。たんとスープの“スープ”は、農業、そして人の健康と土の持続可能を考えたSDGsに繋がるドアであると考えています」と話してくれた。

自然のパワー感じるおいしいスープを味わいながら、サステナブルな社会を目指してみたい。

取材・文=下八重順子

※写真は一部イメージです

ウォーカープラス編集部 Twitter