節分の日、その年の恵方を向いて丸かぶりする「恵方巻」。もとは関西で行われていた風習だったが、今や全国に広まっている。生まれも育ちも関西の筆者は、20年ほど前に東京の知人と節分の話題になった際に恵方巻の風習が関西ローカルのものだと知り、カルチャーショックを受けた思い出がある。ちなみに地元では「恵方巻」とは言わず「丸かぶり」と呼んでいたような気がする。
スーパーやコンビニでは、毎年工夫を凝らした華やかな恵方巻が登場する。この日ならではの巻きずしを楽しみにしている人も多いのではないだろうか。一方で、恵方巻は大量の食品ロスを生む習慣として問題視されてきた。世界的にSDGsが掲げられ、2019年には「食品ロスの削減の推進に関する法律(食品ロス削減推進法)」が施行されるなど、企業や小売店でも食品ロス削減に取り組むことが求められている。
そんな現状で恵方巻はこれからも続く風習なのだろうか。毎年各地の恵方巻について調査している「タマノイ酢株式会社」に、最近の恵方巻の傾向や食品ロス削減について話を聞いた。
すし酢のことならおまかせ!「タマノイ酢株式会社」に聞いてみた
今回、恵方巻について教えてくれたのは「タマノイ酢株式会社」の東京支店の川村梨花さん。タマノイ酢は豊臣秀吉の時代に堺で製造された「玉廼井」をルーツとし、大阪に拠点を置くお酢の老舗だ。「はちみつ黒酢ダイエット」や「すしのこ」のお世話になっている方も多いだろう。家庭用の商品だけではなく、業務用のお酢も数多く手がける同社。節分は1年で最も忙しいシーズンだという。
――「恵方巻」は関西ローカルの風習だと聞いていたのですが、いつの間にか全国で行われていますね。
「私は関西出身なのですが、新人の頃に”東京にはない風習”と聞いて驚きました。今のように広く知られるようになったのは、90年代後半に大手コンビニエンスストアや大手スーパーが全国で販売したのがきっかけだと言われています。今はコンビニはもちろん、全国のスーパーや百貨店で節分時期に恵方巻を展開されていますね。ただ、関西では決まり事になっている”黙って食べる””切り分けずに1本丸かぶりする”といった習慣は、他地域では様々なようです」
――御社では毎年恵方巻の調査をしていると伺いましたが、どんな調査なのですか?
「各支店の営業スタッフが、小売店のチラシをチェックして傾向を探り、エリアの主要店を買いまわって味のチェックをしています。サイズや具材の種類、すし飯の味や光沢、重量、グラム単価などを調べてデータ化しているんです。社内での勉強やお取引先への提案資料として使うものなので、一般の方にはお見せできないのが残念ですが…」
――実際に食べて得た調査結果なのですね!恵方巻は具材も年々華やかになっている気がします。中には「丸かぶり」は無理じゃないかと心配になるほどゴージャスなものもありますね。
「もともと恵方巻は7種類の具を入れると言われています。関西ではかんぴょう、シイタケ、高野豆腐、玉子焼き、三つ葉、アナゴやウナギ、でんぶあたりがメジャーなのではないでしょうか。ご指摘のとおり、最近は具だくさんで豪華な海鮮系がとくに関西以外のエリアで人気です。最近では有名シェフや老舗が監修した高級すしも増えています」
――節分の日は華やかな巻きずしがたくさん並ぶのでワクワクしますが、食品ロスに繋がるのではないかと心配にもなります。
「数年前からSNSやメディアで取り上げられていることもあり、問題になっていますね。恵方巻は小売店にとって大きな商機であると同時に、販売数の読みが難しい商品だと言われています。傾向としては、節分の日が平日だと売上がアップし、週末にかかるとダウンします。家族がそろう日の晩ごはんが恵方巻だけだと寂しい、と考えられるようです。恵方巻は冷凍の作り置きや長期保存が難しい商品でもあります。すし飯は冷凍すると白蝋化(はくろうか)といって、水分が抜けて食感が悪くなってしまうんです。1日で大量に売れるものなので、どのお店も製造の人員確保や適切な販売数を調整するのに頭を悩ませています」
――なるほど。商品の特性も関係しているのですね。大量廃棄は防げないのでしょうか…。
「いえ、時代の流れは変わってきています。2019年には農林水産省から食品の廃棄を減らすよう業界団体に向けた通達があり、同年に『食品ロスの削減の推進に関する法律』も施行されました。企業や小売店でも、ロスを減らす取り組みが行われるようになっています」
――具体的に、どんな対策が行われているのですか?
「最近では、予約販売に力を入れるケースが増えています。予約時にポイントを付けたり、クーポンを配布するなど、特典を手厚くして予約に誘導する努力をされているお店が多いですね」
――事前予約を徹底すれば、余分に製造しなくて済みますね。とはいえ、まだまだ当日販売をやめるわけにはいかないですよね。
「スーパーでは毎年20種類以上展開していたものを半分にするなど、品種を絞る傾向にありますね。人気商品を集中的に売ることで、ロスを少なくしようと考えておられるようです。食べきりやすいハーフサイズを展開するなど、家庭内でのロスが出にくい工夫もされています。製造段階では、固くなりにくいすし飯の開発など、賞味期限を少しでも伸ばす努力をされています」
――各店でさまざまな工夫をされているのですね。食品ロス削減に向けて、御社で取り組んでおられることがあれば教えてください。
「業務用酢は、各社で独自の味を求められるものです。試作を重ね、オンリーワンの味をお届けしています。お酢自体は保存できるものなので、寿司に加工しなければロスにはなりませんが、食品ロス削減も含めたSDGsの目標達成に向けて当社もさまざまな対策を講じています。
例えば、お酢を生産する際には酒粕などの搾りカスができるのですが、これを廃棄してしまうのではなく、飼料として活用しています。工場では、エネルギー効率のいい機械を導入してCO2削減を目指しています。余剰生産を防ぐため、季節ごとの需要予測にも力を入れていますよ。今後は、近隣に工場を持つ他社と相積みするといった、輸送時のムダをなくす試みもますます進む予定です」
――恵方巻に限らず、環境問題の解決に取り組んでおられるのですね。今日はとても勉強になりました!最後に、お酢メーカーならではのお寿司のマメ知識があれば教えていただけますか。
「ご存知の方も多いかもしれませんが、すし飯は地域によって味が全然違うんですよ。関西は甘旨、関東は酸塩傾向にあります。関西はもともと押しずしや太巻きが主流で、お米を味わう文化。これに対して、関東はネタを味わう握りずしの文化です。九州は甘いすし飯に甘い醤油を合わせるのも特徴的ですね。恵方巻に使われるすし飯も、地域ごとの味でつくられています。機会があればぜひ食べ比べてみてください!」
関西ならではの節分文化が全国に広まることにより、地域独自のすし文化と見事に融合しているのは面白い。食品ロスの問題も、少しずつ改善の努力が行われているようだ。恵方巻は社会課題を克服し、長く続く風習としてこのまま定着するのだろうか。今後の動向にも注目したい。
取材・文=油井やすこ