人と人とのつながりで“フードロスゼロ”をめざして地域密着型の活動を行う「どんぐりピット」。2020年の立ち上げのきっかけや、活動内容、将来の目標について話を聞いた。
「どんぐりピット」のメンバーは4人。全員が県内のメーカーで開発に携わる20代のエンジニアだ。「開発の仕事をしていると、なかなかお客様と直接お会いする機会がありません。“顔が見えるつながりがほしい”とメンバーと話していたときに会社員の副業が解禁となって、それなら社会貢献を目的とする食農スタートアップをしようということになったのです」と代表の鶴田彩乃さんはいう。
“フードロスゼロ”という「食」に着眼したことについては「身近な問題のなかでも特に課題が多いと感じました。また、子供の頃、おじいちゃんの実家の梨農園で遊んでいたときに、地面に転がっているたくさんの梨を見て“あれはどうなるんだろう?”と幼心に思ったことも印象に残っていたのだと思います」とその理由を話す。
鶴田さんたちは「エンジニアとしてできることをやろう」と、シェア冷蔵庫の開発を考案。まずはリサーチとして朝早くから畑を回って多くの農家に声をかけ、親しくなって畑仕事を手伝うように。そこから規格外野菜を買い取り、日進市内でも買い物が不便とされる地域でリヤカーを引いて野菜販売を行った。「規格外ですが野菜の売れ行きは好調で、手応えを感じました」と鶴田さん。やがて日進市や自治会の協力もあり、集会所での販売も行うようになったという。
こうした活動から見えてきたのは、“買い物難民”の課題だ。「この課題を解決するには、シェア冷蔵庫を形にするしかないと思いました」。さっそく中古の冷蔵庫を購入してメンバーで開発し、2020年に第1号機を日進市役所内に設置したのだ。
シェア冷蔵庫とは、出品者と消費者を直接つなぐ冷蔵庫のこと。例えば農作物の場合、農家は採れた野菜を自由に価格設定し、好きなタイミングで冷蔵庫に納品する。消費者はあらかじめスマホに登録することで販売商品の情報や出品者の情報が見られ、QRコードをかざせば冷蔵庫が開いてキャッシュレスで商品の購入ができる。商品が他者に盗難されることもなく、また出品者も売上金の管理をする手間がないという画期的な仕組みだ。
好評の第1号機に続き2号機、3号機を作るためにクラウドファンディングを実施。「思うように資金が集まらず苦労しましたが、なんとか2号機、3号機を作ることができました。故障したと連絡があれば、すぐに駆けつけて修理もしました」と振り返る鶴田さんは、苦労はそれだけではなかったともいう。「モノづくりの難しさをあらためて実感し、知見や蓄積を毎日アップデートしながら取り組みました」(鶴田さん)
こうした鶴田さんたちの真剣な取り組みに、資金面だけではなくさまざまな援助の手が差し伸べられた。「知り合いのメーカーの方が倉庫を貸してくれて、そこでシェア冷蔵庫づくりを行うことができ、とても助かりました」。このようにして作られたシェア冷蔵庫は、日進市内を中心に設置。「スーパーに行かなくても便利、と利用者から多くの声をいただき、やりがいを感じています」と鶴田さんは話す。
2022年5月からは市街地で24時間利用できるシェア冷蔵庫の設置も実施。夜間に買い物に訪れる人や子供のおつかいなど、世代や時間を問わずいつでも手軽に買い物ができるとあって評判を呼んでいる。またオフィスに導入する企業も増加中だ。「仕事の休憩に楽しめる地元のスイーツや、ランチのお弁当など、企業によって利用目的もさまざまです。今後は、企業側がこれらの出品者と手軽にマッチングする仕組みづくりも考えています」
シェア冷蔵庫の取り組みは全国的にも注目され、2021年には消費者庁食品ロス削減推進大賞を受賞。受賞した10社のうち、ベンチャー企業で受賞したのは「どんぐりピット」だけだ。「地元のおいしいものを地元の人や観光客に買ってもらおうという、観光地での“カタログ冷蔵庫”としての取り組みも考えています。地産地消や観光PRの一助になれば嬉しいですね」と鶴田さん。
さらにこうしたシェア冷蔵庫の運営に加えて、JAと連携して集めた規格外の野菜を使ってチップスやカレーの開発も展開。特にカレーは、実際にアスリートたちにヒアリングをしながら作り上げたもので、おいしいと味も好評だ。「今後はさらに行政とも連携を深めて、母子家庭など買い物難民の家庭へのサービスなども構想していきたいと考えています。シェア冷蔵庫を通して地域の中で人と人とのつながりを作り、令和の“おすそわけ”文化を広めていけたら嬉しいですね」と鶴田さんは笑顔で話す。