1965年創業、ランドセルなどの製造販売を経て、現在では日本を代表する鞄メーカーの1つとして知られている土屋鞄製造所(以下、土屋鞄)。革製の鞄を多く展開しているが、近年ではリサイクルナイロン製のバッグシリーズを発売したり、使用済みのランドセルをリメイクし、ミニチュアランドセル、フォトフレーム、パスケースなどに転じるサービスを実施したり、サステナブルな取り組みも多く行っている。
その土屋鞄の、サステナブルな取り組みの1つとして、発売前から注目されていたのが、いわゆるヴィーガンレザーとも呼ばれるキノコの菌糸体由来の素材を使った製品だ。アメリカのバイオテック企業、ボルト・スレッズ社が開発したキノコの菌糸体由来の素材「Mylo(TM)」を採用し、土屋鞄および同社のブランド、objcts.ioによってミニ財布、ウォレットバッグ、iPhoneケースに製品化している。その質感は実にシックであり土屋鞄ならではの意匠と合わせて、クールな仕上がりとなっている。
今回は、このヴィーガンレザーを使用するに至った背景を、土屋鞄の経営戦略室・井手高歩さんに聞いた。
サステナブルでありながら、生地としての精度も高かったキノコレザー
近年、アニマルフリーを掲げたヴィーガンレザーには数多くの種類がある。しかし、一部では石油由来の素材を多く含んでいたり、植物由来の素材が少なかったりすることなどもあり、サステナブルという観点から⾒た場合、採用するにはハードルが高い素材もあった。
そんな中で、土屋鞄が採用するに至ったキノコの菌糸体由来の素材「Mylo(TM)」は、基本的組成の85%がキノコの菌糸体で構成され、残りの15%もリヨセルという再生繊維でできたもので、ほぼ天然由来の素材であると言って良い。また、有意義な素材である一方で質感も素晴らしく、クオリティの高い鞄ばかりをリリースしてきた土屋鞄が求める条件にも合致していることから、今回の採用に至ったという。
「土屋鞄では『長く愛されるものづくり』を創業当時から大切にしており、モノを長く愛用いただくことがお客様の暮らしの豊かさにも繋がると考えています。
『過度に消費しない』という点でサステナブルな考えともリンクすると思いますが、まず我々の製品を『⻑く愛用していただきたい』という想いがあり、素材面でも環境負荷の少ないものづくりができればなお良いという考えを抱いていました。
そんな中で出合ったのがキノコの菌⽷体由来の素材『Mylo(TM)』で、環境に優しく、質感も良く、耐久性にも優れており、是⾮⼟屋鞄でも製品化したいと思い、今回実現に⾄りました」(土屋鞄・井手さん)
キノコレザーの製造の秘密と他ブランドでの採用例
ところで、キノコの菌糸体由来の素材と聞くと、「山に行って菌糸体をかき集めてきたものを加工したものではないか」と想像する人もいるかもしれないが、実際はキノコの菌糸体に、水、空気、おがくずなどのマルチング材を加えて人工培養させている。その様は垂直栽培のようで、比較的場所を取らずに栽培することができるが、ある期間を経た後に収穫し、シート状にならし、染⾊と加工をして完成させるというものだ。
土屋鞄が今回リリースした「Mylo(TM)」を使った3商品は、一般的に見れば確かに高額帯ではある。しかし、同社の革製品の価格帯から著しく逸した値付けというわけではない。
「確かに今回の3商品は安いものではありません。しかしできるだけお求めやすい価格とし、もちろん耐久性にも優れた作りを⽬指しました。
製品化に⾄るまでのサンプル制作は約1年間で20回以上の試作を重ね、強度・使⽤試験も行い、『Mylo(TM)』ならではの良さを最⼤限活かすように努めました」(土屋鞄・井手さん)
キノコレザー製品を皮切りに、今後も柔軟かつ積極的に新しい取り組みを行う土屋鞄
これら3商品に実際に触れてみると、従来の革あるいは合皮などとも違う質感である一方、しなやかで人の手に馴染んでいくような肌触りの良さを感じた。それでいて男女問わず使えること請け合いのクールな仕上がりで、ここは土屋鞄ならでの感性が強く込められた製品であるとも思った。持つことそれ自体がサステナブルなこの3アイテムだが、最後に使われる方への思いと今後の展望についても聞いてみた。
「『Mylo(TM)』を開発したボルト・スレッズ社のイノベーションと土屋鞄のクラフツマンシップを掛け合わせたアイテムだと自負しています。
この新しい製品が使用される方に寄り添い、結果的にサステナブルな思いにつながることができるのであれば、我々としても本当に嬉しいです。
今回のキノコの菌糸体由来の素材を使った製品を皮切りに、今後も我々の思いとリンクし環境にもより良い素材があれば、柔軟かつ積極的に取り入れていきたいと思っています。
土屋鞄の今後の動向にも是非ご注目いただければ幸いです」(土屋鞄・井手さん)