「障害のある人たちがごきげんに暮らせる社会を作る」をコンセプトに、つくば市内で農場を運営する就労継続支援B型の事業所「ごきげんファーム」。代表の伊藤文弥さんに、立ち上げの経緯と活動内容、将来の目標について伺った。
伊藤さんがこの事業に携わるきっかけになったのは、大学時代のインターンシップだ。「政治家をめざし、大学2年のときに当時議員で現在はつくば市長の五十嵐立青さんのもとで働きました。その時に障害者問題を知り、大学4年で五十嵐さんとともに“NPO法人つくばアグリチャレンジ”を立ち上げたのです。事業を開始したのは2011年、その後五十嵐さんが市長に就任し、2018年に私が代表を受け継ぎました」。
事業は順調に滑り出したかのようだったが、伊藤さんは慣れない仕事からうつ病に見舞われてしまう。「大学では化学を専攻していたので農業も福祉についても初めて。障害者のある人たちと農業を行うことももちろん未経験でしたし、結果もうまく出なかった。辞めてもいいかと、五十嵐さんに相談したこともありました」と伊藤さんは振り返る。しかし、伊藤さんはこれらの活動を通して「第一回いばらきドリームプラン・プレゼンテーション大賞」や、日本青年会議所主催の人間力大賞でグランプリを受賞。世界青年会議所主催の「世界の傑出した若者10人」にも選ばれた。「こうした賞を受賞することで、まわりにかつがれて、辞めるに辞められなくなって」と伊藤さん。その後、メンタルヘルスについて独学を積み重ね、6年かけて立ち直ったという。
ごきげんファームでは3つの拠点で有機野菜づくり、米の栽培、養鶏を行っている。「大学時代に農業の研修で慣行農業を学び、化学肥料を使うことは普通だと思っていました」と伊藤さん。ごきげんファームを立ち上げるにあたっては有機農法を取り入れたいと考え、土浦市の有機農法農園「久松農園」に学んだという。「設立して2年目で有機農法を教えていただきました。働く障害者の人々も増え、野菜も売れるようになってうまく回り始めましたが、一気に広がりすぎて運営が追いつかない状況になった時も、助けていただきましたね。久松農園さんに力になってもらったことは大きかったです」と伊藤さんは振り返る。
養鶏場では、約1200羽のニワトリを平飼いで飼育している。こちらも、慣行農業による飼料ではなく、ニワトリの健康を考慮した有機飼料を与えている。担当する荒間さんは、「平飼いや有機飼料は手間がかかってやることがたくさんあります。こうした仕事を細分化し、障害者の人たちみんなが仕事できるようにしています。また手間暇をかけて育てることで、健康なニワトリが育ちます」と話す。
当初は産卵数の安定に苦心したが、ここ3年ほどでようやく安定してきたとも。産卵が終わったニワトリは廃鶏となるが、将来的には屠殺、食肉加工も自分たちで行いたいと話す。「最後まで見守り、関わることで自分たちの仕事を自覚するとともにニワトリの権利も守りたいと思っています」と荒間さんはいう。また伊藤さんも「老鶏は素材としての可能性がある。調理次第でおいしくなることをレストランの熟練シェフも証明してくれました。今後は食肉販売だけではなく、処理場や加工場を作り、『鶏ならごきげんファームだね』と言ってもらえるようになりたいと思います」と意気込みを話す。
ごきげんファームが行っている農福連携について、伊藤さんは「一人ひとりの障害者の方たちが困っていることに目を向け、働く場所、暮らす場所、遊ぶ場所を提供していきたい。うちには社会福祉の資格を持つスタッフが10人以上所属しているので、その力も発揮しながら環境を整えていきたい」と話す。
「時々、スーパーなどの施設で障害者が不審者と誤解され、捕まえられるケースが見られます。これはとても辛い出来事であり、健常者と障害者で社会が分断されているからこそ起こること。こうしたことをなくすには、障害者の働く場所、暮らす場所、遊ぶ場所を整えるなかで、健常者や地域の人々と緩やかにつながり、老若男女が一緒に楽しめることが大切だと考えています。それが農業だと思っています。農福連携のよさは、こうした楽しみを自然に共有できるところだと思います」。
また今の事業は、障害者だけではなく自分たちのためでもあるとも。「障害者のために行う、と考えることは自己犠牲になる。自分たちもこうしたらもっと幸せになれるということを考えていくことで、社会の分断によるデメリットも解消されるのではないかと感じています」。
現在はこれらファームのほかに体験農園や、グループホームも運営。今後は弁当の販売や自社のニワトリを使った食肉販売も予定。発達障害児童のための放課後デイサービスや、訪問看護事業も目標としている。「まずは目の前にあることを一つひとつ形にして、つくば市に深く根ざした事業を作りたい。子供食堂、貧困世帯や高齢者への弁当サービスなど幅広い福祉サービスで、困った人をサポートできるための対応力をもっと上げていきたいと思います」。