その厚さわずか3.1ミリメートル、重さは約4グラム。グローバル刃物メーカーの貝印株式会社が2022年3月に発売した「紙カミソリ(R)」。プラスチックの使用量を従来比で98%削減した使い捨てカミソリで、ガイドに沿って組み立てるとT型のカミソリの形になる。ユニセックスなデザイン、清潔感、高い携帯性から発売開始から国内外で大きな注目を集め、テスト販売時は3日間で完売。2022年4月には世界三大デザイン賞と言われる「iF DESIGN AWARD(アイエフ デザインアワード)」で最優秀デザインの「iFゴールドアワード」を受賞した。
ほかにも、日本パッケージングコンテストで経済産業省産業技術環境局長賞受賞、グッドデザイン賞ではグッドデザイン・ベスト100にも選出されており、貝印が商品開発にあたって、デザインにも力を入れていることがうかがえる。この斬新なアイテムが生まれることになったきっかけと、貝印がデザインにこだわる理由を貝印株式会社マーケティング本部デザイン部次長の大塚淳さんに聞いた。
「カミソリでイノベーションを起こしたい」からスタートした部門横断型プロジェクト
紙カミソリの開発は、2018年に立ち上げたプロジェクトからスタートした。
「弊社の研究部所属の社員のひとりが『カミソリでイノベーションを起こしたい』とプロジェクトを立ち上げ、研究部、開発部、デザイン部を中心に部門横断型でスタートしました。ここ数年、デザイン思考で物を作ったり課題解決したりしようという考えが社内にあり、その走りといえるプロジェクトになります。カミソリを軸としたユーザーの課題や、ユーザーの購入・利用・再購入の行程を深掘りする“カスタマージャーニー”の抽出をしていき、カミソリで新しく何ができるのか検討を重ねていきました。デザイン部門としては、エンジニアやプロジェクトマネージャーがぽろっと口に出したアイデアを絵にしたり、モックアップを作ったりしてビジュアル化していき、メンバー間で共有しながらアイデアを造形的に練り込んでいくという役割を果たしていきました」
通常貝印では、新商品開発の際には商品企画部から企画があがり、それを受けてデザイン部門がデザインに起こしていくのだそう。開発・デザインの部門から企画を考えることは通常のフローではあまりなかったことなので、別の切り口からの商品開発を進めることができたという。
「我々デザイナー、エンジニアは新しい物を作りたいという想いを持っています。しかし、カミソリというジャンルは、コモディティ化(一般化)されてレッドオーシャン(競争が激化していること)の領域の商品なんです。なので、他社のスペックアップに合わせて、我々もどういう要素で新しさを出していくかというのが商品開発の常でした。一方で、従来とは全く別の視点で商品開発をしたいという想いがあり、部門横断型のプロジェクトとすることで、新しい発想の商品である『紙カミソリ(R)』を生み出すことができたのだと感じています」
「カミソリでイノベーション」を第一目標としていたプロジェクト。つまり、脱プラ、エコな商品という意識は企画立ち上げ当初はなかったそうだ。
「プロジェクトではさまざまなアイデアが出てきたんですが、紙カミソリの出発点は1日使い捨ての『1Ddayカミソリ』というコンセプトでした。どうしてこのアイデアが出てきたかというと、ミレニアル世代をはじめとした若い世代に対して何かイノベーションを起こしたいという想いがプロジェクトにありました。そうすると、若い世代に刺さる要素として、清潔、清浄などがあると考え、そこから常に使い捨てにして、清潔に使えるカミソリというコンセプトが出てきたんです。それで使い捨てにするのなら環境負荷を考え紙素材のほうがいいよね、ということで方法論的に紙やエコという話になっていきました。プレゼンテーションを通じて、このアイデアの一番の価値は、実はエコなのではないか?ということに思いいたり、コンセプトが切り替わって、最終的に紙カミソリに辿り着きました」
開発にあたって、一番難しかった部分は紙の本体構造だったそう。カミソリとして持ち手にはある程度の強度が求められるが、それを紙でどうやって表現していくのか。紙を主体としてこなかった貝印にとって、素材そのものの開発も大変だったが、製造工程の開発も課題だったようだ。
「現在はだいぶ安定して製造できているのですが、初期のテスト販売のときは、ミニマムな製造機械を使ったり、一部は人の手を入れたりすることで大きな機械を導入しなくても製造できるように調整していきました」
T型の紙カミソリの反響を受けて、2023年6月にはL字型の「Pretty 紙カミソリ(R)L型 2本入」を発売している。
「紙カミソリのコンセプトを立ち上げたときは性別を問わずに使えて汎用性が高いT型だけの予定でしたが、反響を受けて社内からもL字型を作ったらどうかという話が出ました。紙カミソリというものが弊社初の試みということもあり、T型は弊社内にあるブランドに依存せず、紙カミソリのみを訴求していくということで、弊社のコーポレートカラーである青と、紙であることを表現したグラフィックデザインにしています。対して、L型は女性向けということもあり、弊社の女性向け使い捨てカミソリブランドでシェアナンバーワンである『Pretty』ブランドから出すことになりました」
L型の紙カミソリのデザインを手掛けたのは大塚さんだ。タブを切り取ったあと、刃のカバー部分を折り返すだけで使うことができる。カバーは先端がフック状になっているため、使用後折り返しを戻して2枚のフックをかけることでカバーキャップの役割も果たしてくれる。キャップの脱落の心配がいらないスマートなデザインだ。
「実は開発当初は刃を保護することを想定しておらず、キャップのことは考えていなかったんです。製造部から指摘を受けてキャップとして割り箸の袋のような物を考えていたんですが、それではあまりにもみっともない。熟考を重ねて折り返して開閉できる形を思いつきました。ポーチに入れて持ち運びもしやすいように、長さにもこだわっています」
紙カミソリの今後の課題としてあるのは、コスト面だそう。
「樹脂製品というのは環境の問題はありますが、製造上のコストが低い。一方、紙の場合は1枚ずつ抜いて金属の刃を付けるという手間もありますし、紙の価格自体が高いということもあります。我々ではホテル向けの商品も多く手掛けていまして、紙カミソリをホテルでも採用していただきたいと考えています。高級ホテルや環境意識の高いところでは少しずつ採用されていますが、今後さらなる採用を目指した際、コストダウンも考えていく必要があると思っています」