スーパーやコンビニなどでよく目にするチルドカップに入ったコーヒー飲料。1000億の市場規模があると言われているチルドカップコーヒーの市場を作り上げたのが1993年に発売された森永乳業の「マウントレーニア」だ。飲料メーカー各社やコンビニのプライベートブランド商品など競合ひしめくなか、マウントレーニアは業界トップシェアブランドとして市場を牽引し続けている。マウントレーニアがどのように生まれ、誕生30周年の先に何を描くのか。森永乳業株式会社ビバレッジ事業マーケティング部の佐熊千裕さんに話を聞いた。
シアトルのカフェラテ文化を日本に。売り場確保に試行錯誤
マウントレーニア誕生のきっかけは、同社の社員がアメリカのシアトルに出張に行ったことから端を発する。
「当時の日本では、屋外で飲むコーヒーといえば、中年男性が飲む缶コーヒーのイメージが強くありました。それが、シアトルではカップ入りのカフェラテを持って飲みながら歩いている。この姿がスタイリッシュだと感銘を受けたそうです。エスプレッソとスチームミルクをブレンドしたシアトル発のカフェラテを日本のコーヒーシーンに作りたいと、開発がスタートしました」
カフェラテがまだ馴染んでいなかった日本において、核となるエスプレッソをどう作り上げていくか。「原料となるコーヒー豆をどこから調達するのか。焙煎具合をどうするのか。エスプレッソを抽出するマシーンも弊社独自で開発しました。それまでにもコーヒーを使った飲料は出していましたが、カフェラテという新しいジャンルに本格的に切り込むため、さまざまな苦労があったと聞いています」と佐熊さん。
新しいジャンルの商品ということで、スーパーやコンビニでの売り場確保にも苦労した。そこで、森永乳業が培ってきたロングライフ製法を生かすことに。当時流通していたチルドコーヒーの賞味期限が2週間程度だったのに対し、マウントレーニアの賞味期限は60日間(現在は主たる商品は120日間)。日持ちのする商品のほうが扱いやすいということもあり、売り場の確保につなげていった。また、CMにハリウッド女優を起用することで、コーヒーシーンに都会的なスタイリッシュさを提案していった。努力を重ねていくことで、軌道に乗せるのには3年ほどの時間がかかったという。3年という期間は短くはない。会社によっては諦めてしまうこともありそうだが、森永乳業が3年間、頑張り続けられたのにはどんな背景があるのだろうか?
「チルドカップコーヒーの先駆けということで、売り場がありませんでした。売り場自体を開拓するということで、ある程度の期間を見据えて取り組んでいたのは間違いないかと思います。他社と比較したお話はできないのですが、一個人として感じるのは、期待をかけて挑んだ商品ほど長く育成をしていく、諦めないという企業風土があると感じています」と佐熊さん。新規企画に対し裏付けやデータはしっかり求めつつも、ゴーを出したものに対しては粘り強く取り組む姿勢がある、それこそがマウントレーニアがトップシェアブランドであり続ける理由なのだろう。
30年の歴史の中で変わりゆく“コーヒーに求められるもの”
CM展開、賞味期限の拡張と森永乳業自らの取り組みもマウントレーニアが広まっていった理由だが、コーヒーのトレンド変化も大きな後押しになったと佐熊さんは語る。
「1996年にシアトル発のスターバックスが日本に上陸しました。2010年代にはサードウェーブコーヒーの機運が高まり、日本におけるコーヒーのトレンドがどんどん変化していったんです。日本人の中でカフェラテという飲み物や、“カップで飲む”というスタイルが徐々に根付いていったとこともブランドが成長できていったひとつのきっかけだと思っています」
発売初年度と比較して、2006年には9倍、2007年には11倍と好調に推移。しかし、ずっと順調だったというわけではない。その最たるものがコロナ禍だ。「オフィス需要がなくなり、家庭での飲用が増えた分、大容量のコーヒーを飲む人が増えたことが大きかった」と分析する。
「ですが、2023年にブランド誕生30周年という節目を迎えて、これに合わせての施策がいい方向に作用し、売り上げを戻すことができました。具体的には、パッケージとロゴを刷新しました。ブランド名にもなっている『マウントレーニア』というのはシアトルにあるレーニア山に由来しています。シアトルの人々にとって安らぎのシンボルであるレーニア山のように、変わらず、ゆるがず側にある。『マウントレーニア』にそんな想いを込めて、従来よりもレーニア山を強調したロゴデザインにしました。パッケージも質感を変えることで品質のこだわりや高級感を意識したものになっています。CMには菅田将暉さんという魅力的なキャラクターを起用することで、大々的に生まれ変わったというのがお客様に伝わったのではないかと思います。今までマウントレーニアを飲んできた方にももちろんですが、一度離れてしまった方や新しいお客様を獲得できたと思っています」
ビジュアルの面だけではなく、コーヒー豆本来のおいしさを引き出し、淹れたての香りと味わいを実現する新アロマ製法を確立。
「乳の部分もコーヒーの味わいに合わせて配合や分量を調整しこだわっていますが、やはりコーヒー豆本来のおいしさという部分に注力しています。コーヒーに対してお客様が何を求めているのか考えたときに、香りというのは非常に大事なファクターです。ストローで飲んで、鼻から抜けていったあとの香りも大事にしたいということで、おいしさを追求しました。弊社のなかでもさまざまな部署の者が集まってチームとしてマウントレーニアを作っているのですが、味作りの要となる研究所のメンバーたちが約3年もの年月をかけて“新アロマ製法”を完成させました。アロマ成分を抽出し、配合することでコーヒー感を強化しています。マウントレーニアの5種類ある定番のうち、エスプレッソ、ノンシュガー、ノンスイートに新アロマ製法を取り入れています」
新アロマ製法を取り入れた3つのフレーバーは、甘さを控えたものたち。これは現在のコーヒートレンドに即したものだ。
「マウントレーニアに限らず、コーヒーに砂糖を入れる方の割合が年々下がってきています。健康意識が高まっているのもあって、カフェラテを含めて甘さ控えめのものがいいという意見が増えているので、業界全体で甘さを控えたラインナップというのが増えていますね」
それを象徴するのが2023年4月に発売をスタートした「マウントレーニア ブラック無糖」だ。コーヒーを飲む際、砂糖もミルクも入れない“ブラック派”がコーヒー愛飲者の半分を占めるという。そういった人たちに訴求した商品だ。これまでのマウントレーニアがチルドカップだったのに対し、ブラック無糖はキャップ付きの紙パック。売り場が異なるということもあり「売り上げに関してはまだ物足りないところもあるので、今後の課題として取り組んでいきたいと思っています」と語る。
ほかにも、牛乳が苦手な人に向け植物性原材料を使用したオーツラテやソイラテ、コーヒーが苦手な人でも楽しめる甘さを生かした期間限定フレーバーなどをラインナップに加え、さまざまな人のさまざまなシーンに対応している。