国内46都道府県に日本一の客室数を展開するビジネスホテルチェーンの東横INN。便利な立地に加え年間を通じて価格変動のない「原則ワンプライス制」も支持され、出張や観光などで利用した経験のある人も多いことだろう。その東横INNで、昨年(2023年)11月末より、ロビーやフロント、朝食会場、さらにはラウンジに、シンプルなデザインの壁掛け時計が設置され始めているのをご存知だろうか。
実はこの時計、かつて東横INNで使用されていた制服だったのだ。
制服が時計に――?いまいちピンと来ないみなさんのために、このプロジェクトに携わった株式会社オンワードコーポレートデザインの、ワークスタイルデザイングループに所属する本田太希さんに詳細を聞いてみた。
アップサイクルで廃棄衣料を“捨てない”選択へ
「2022年12月に東横INN様はフロントスタッフの制服をリニューアルしました。当社はこの制服を製作したのですが、東横INN様より不要になった旧制服について『地球の未来を考えたホテルづくりに取り組む会社として、何かできないか』とご相談いただいたのです。そこで、繊維リサイクルボード『PANECO(パネコ)』を手がけるワークスタジオと共同で、不要になった制服をアップサイクルし、オリジナル時計を製作することとなりました」
ここであらためてアップサイクルについて説明しよう。アップサイクルは、リサイクルやリメイクとは異なり、廃棄物をそのままの形で再利用するのではなく、加工を加えることで新たな価値を与えて再生することを指す。
制服から時計へと全く別の魅力ある製品にした今回のケースは、まさしくアップサイクルといえる。
制服が時計へ、時計もいずれはまた別の何かへ
アップサイクルのプロジェクトが成立したのは、繊維リサイクルボード「PANECO」の存在が大きい。
「東横INN様が掲げる『ZEROウェイスト宣言』に則った、ゴミや無駄を出さないホテルづくり・ホテル運営の一環としての取り組みということもあり、アップサイクルの出口となるコンテンツを探すことに特に力を注ぎました。さまざまな繊維系のコンテンツがあるなかで、意味や価値を見出せるものでないといけないと感じていたからです」
「そのなかで出会ったのがPANECOです。PANECOは循環型の繊維リサイクルボードで、高い意匠性に加え、単発で終わることなく再びリサイクルできるという継続性があります。こうしたサステナブルな素材であることも、東横INN様の理念に合致していました」
時計をよく見ると、二層構造になっていることがわかる。ブラックのボードにあしらわれた型抜き数字の部分から、淡いクリーム色のボードがのぞく。ブラックは制服の下衣、淡いクリーム色は上衣に使われていたピンクとイエローを混ぜ合わせた色である。
この文字盤で使われている素材が、「PANECO」と呼ばれる繊維リサイクルボードだ。布生地を粉砕して綿にし、樹脂を混ぜて成型して作るのだという。東横INNで回収された旧制服も色分けのうえで粉砕され、まずはPANECOに生まれ変わった。そしてこのボードを使って文字盤を製作し、必要な部品と組み合わせて時計へと姿を変えたのだ。
PANECOの特徴は、循環型、つまり繰り返しアップサイクルを続けられることにある。この時計が古くなり使えなくなったら、文字盤のボードを再び別のものに形を変えられる。一度きりのアップサイクルではなく、その次の利用も見据えて採用されたのだ。
時計が選ばれた理由とは
それにしてもなぜ“時計”だったのだろう。硬度があり、加工しやすいことも「PANECO」の特質だ。ほかにも形にしやすいプロダクトはあったはず。
「不要になった制服をアップサイクルするにあたり、当社からは時計のほか、フロントの荷物台やペン立て、コースターなどをご提案しました。その中で東横INN様が決定したのが時計だったのです。ホテルではチェックイン、チェックアウトの際など、時計を見るタイミングが多いですよね。このようにホテルを利用される方の目に留まりやすい時計は、キャッチーなアップサイクルプロダクトといえます」
「また、東横INN様のカスタマープロミスは『一人ひとりの出発を応援する基地ホテル』。長らくホテルの顔として親しまれた制服が、時計に生まれ変わって時を刻み、空間を創ると同時に利用者のみなさんを見守り、送り出すというストーリー性も、東横INN様にお選びいただいたポイントかと思います」
確かに、ホテルでは時計を見上げる機会が多い。手荷物を抱えたままでは、腕時計やスマホを弄るより、さっと時計を見上げたほうが手っ取り早く時間を確認できる。チェックアウトを済ませてホテルを出るとき、最後に見上げたのが時計、という人も少なくないだろう。
「ホテルをご利用の際は、ぜひ時計を見てから“出発”していただければ幸いです。今回のプロジェクトでは、約3.5トンの制服が1000個の時計になりました。当社ではこの時計に取り組む以前から、東横INN様とのアメニティアップサイクルも継続的に行っており、これまでに約12.6トンのプラスチック製アメニティをアップサイクルしています。これからも魅力的なプロダクトを東横INN様と共創していきますので、ご期待ください。また、このプロジェクトが、社会が抱える廃棄衣料問題をより身近に感じてもらえるきっかけとなることを願っています。当社はアパレルの力を通じ、お客様の課題を解決していきたいと思います」
本来は3.5トンもの廃棄物になるはずだった着古しの制服が、温かみのある1000個の壁掛け時計に。資源を大切にしていくという環境への配慮だけでなく、捨てることに掛かる莫大なコストを別の価値創造に使うという判断は、今後スタンダートになっていくはず。
東横INNを利用する機会があったら、ぜひこの時計のありかを探してみてほしい。