雑誌『日経トレンディ』の「2023地方発ヒット商品」の大賞を受賞するなど、アウトドア業界で注目を浴びている着火剤「今治のホコリ」。開発したのは、日本有数のタオル産地として有名な愛媛県今治市で染色業を営む、西染工株式会社だ。この商品は“今治タオルの染色過程で出る綿ぼこり”を活用し、実は同社が立ち上げたアウトドアブランド「THE MAGIC HOUR(マジックアワー)」から発売されたものだという。
一体なぜ、染色会社が異業種であるアウトドアブランドを立ち上げ、アウトドアグッズの販売へと乗り出したのだろうか。ブランドを企画した西染工の商品事業部長・福岡友也さんに話を聞いた。
――「今治のホコリ」はアウトドアブランド「THE MAGIC HOUR」第1弾商品と伺いました。そもそもなぜ、染色業を営まれていた西染工さんがアウトドアブランドを立ち上げられたのでしょうか?
【福岡友也】弊社はずっと染色業を主業務としてやってきたのですが、あるきっかけから2018年の終わりごろにタオルメーカーさんより営業権と製織周辺機器を譲渡していただくことになったんです。その後、移設等すべてが完了して、タオルや繊維製品を弊社にて一貫で生産できるようになったのが、2020年春でした。
【福岡友也】ただ、私たちがタオルを作り販売すると、これまで染色の仕事を依頼してくれていたクライアントさんと競合になってしまいます。それは、クライアントさんもいい気はしないでしょうし、弊社としても懸念していたことでした。
【福岡友也】一方、ちょうどそのころはコロナ禍で。時間的余裕ができたこともあり、私自身、釣りやキャンプなどアウトドアへ行く機会が増え、さらにキャンプ場などで以前より人が増えている、つまり「アウトドアブーム」を体感したんです。そういったところから、「アウトドア商品なら同じタオルや繊維製品でも、ほかのタオルメーカーさんとは違う売り場で取り扱ってもらえるのでは」と考え、アウトドアブランドを立ち上げることを思いつきました。そして、そのブランドでどういった商品を作ろうか、と考えたなかで出てきたアイデアが「今治のホコリ」なんです。
――タオルや繊維製品を一貫で生産できるようになった2020年より前は、事業内容は染色業のみだったのでしょうか。
【福岡友也】いえ、15年ほど前から、少しずつタオルなどを(他社に委託して生地を織ってもらい)販売していました。そのころは、今のように「今治タオル」は有名ではなく、輸入品に押されて苦しいときもありました。そんな状況下では染色業のような「委託加工業」はこの先仕事がないのではないかという危機感があり、「モノを作って売る」、つまり自分たちで(生産から販売まで)完結できるメーカーになっていたほうが健全な経営ができるのではないかという弊社代表の意向がきっかけです。
【福岡友也】ただ、以前は商品企画を思いついたら実現、というスタンスだったので、次第にブランドコンセプトという軸に基づいて商品展開をしたほうがいいのではないか…と考えるようになり、誕生したのが「THE MAGIC HOUR」です。
――THE MAGIC HOURは「地球環境に配慮した製品づくり」をコンセプトとされているそうですが、もともと企業として環境への取り組みを重視されていたのでしょうか。
【福岡友也】染色業というのは、タオルや糸を濡らして熱をかけて染めて、絞ったものを熱をかけて乾燥する…という工程から、エネルギーを大量に使う業種なんです。そこで、2005年ごろから「省エネ委員会」を社内で立ち上げ、自社でできる省エネ活動を行ってきました。たとえば、照明をすべてLEDに替えたり、配管に保温材を巻いて放熱を防ぐなど、細かいことからひとつずつ取り組んできました。
【福岡友也】2005年当時は「省エネ」が叫ばれていた時代でしたが、近年はSDGsへの取り組みのなかで、“廃棄物の削減”が弊社のひとつのテーマとなっており、それが「今治のホコリ」の商品化にもつながっていったのだと思います。
――2005年に「省エネ委員会」を立ち上げられたというのは、特に地方企業の取り組みとしては早いほうだったのでは?
【福岡友也】委員会を立ち上げて省エネに取り組んでいた企業は、そのころはまだ今治ではほとんどなかったのではないでしょうか。弊社は、早いほうだったと思います。
――長年に渡る環境への取り組みがあったからこそ「今治のホコリ」が誕生したんですね。ちなみに「今治のホコリ」が商品化される前は、どのくらいの量の綿ぼこりを廃棄していたのでしょうか。
【福岡友也】もともと、タオルを染色したあとに乾燥する際にでる綿ぼこりは1日120リットルのゴミ袋2つ分もの量がありました。ですが、「今治のホコリ」を販売してから、それまで出ていた量の約70パーセントを商品に活用できるようになり、綿ぼこりの廃棄量は従来の約30パーセントまでに減りました。
――“廃棄物の活用”という点では、THE MAGIC HOURの「今治の良芯」という商品も端材を活用して作られているとか。
【福岡友也】はい、THE MAGIC HOURの商品を作る際に出る端材(カットして捨てる部分)を使って、アイロンストーブINDRA用の専用芯「今治の良芯」を作っています。こちらも、綿なので燃焼時間が長いと好評いただいています。
――そういったSDGsへの取り組みと、真摯な製品づくりが評価されたということかと思いますが、THE MAGIC HOURの「プルオーバーシャツ」が「令和5年度21世紀えひめの伝統工芸大賞」の大賞を受賞されたそうですね。おめでとうございます!
【福岡友也】ありがとうございます。実は前年度も、大賞ではないのですが、THE MAGIC HOURの「コットン ブランケット ポンチョ」が「愛媛朝日テレビ社長賞(工芸品部門<繊維製品>)」をいただいておりまして。2年連続で入賞できたことは、とてもうれしいです。
【福岡友也】「プルオーバーシャツ」は、タオル織機で作った生地と、デニムのように経年変化で服を育てる楽しみを体験できる染色で作っています。「コットン ブランケット(ポンチョタイプ/ブランケットタイプの2種展開)」は、瀬戸内海、浮かぶ島々、泳ぐ魚たち、四国八十八ヶ所を図案化したデザインを今治タオルの製織技術から生まれた高級感のある織りで表現しています。
【福岡友也】どちらもタウンユースも可能ですが、アウトドアでの使用を想定していますので、肌に優しい柔らかい風合いを持ちながら、ハードユースでも対応できる適度な強度のある仕上がりとなっています。それこそ焚き火の火の粉が飛んできても、ともに綿100パーセントで作られているので(コットンは火の粉に強いため)ダメージを受けにくいというのも特徴です。そして、「環境に配慮」を掲げているブランドですから、使用している色糸は染色時に通常行う精練工程を省き、熱量・水量を約40%削減(※)して作っているというのもポイントだと思います。
※西染工株式会社が測定
――THE MAGIC HOURは立ち上げから2年となりますが、売り上げはいかがですか?
【福岡友也】おかげさまで「今治のホコリ」の認知度が上がったことで検索数も増え、THE MAGIC HOURはもちろんですが、ありがたいことに西染工自体の売り上げも上がってきています。タオルの売り上げも上がっていますし、プリントタオルなどのOEM製作の問い合わせもかなり増えている状況で、ありがたいですね。
今後の展開を尋ねたところ、「THE MAGIC HOURは春夏と秋冬で最低1商品ずつは新作をリリースするようにしていますので、今はそれに向けてしっかりと取り組んでいくことですかね」と話していた福岡さん。すでに今年(2024年)の春夏は、タオル地の寝袋など新たに2商品の発売を予定しているそう。「地球環境に配慮した製品づくり」をコンセプトに、THE MAGIC HOURはこれからも使いやすく役立つアウトドアグッズを生み出し続けてくれることだろう。
この記事のひときわ
#やくにたつ
・「廃棄物」もアイデア次第で商品化できる
・未来を見据えた新たなチャレンジが会社に利益をもたらすこともある
取材・文=矢野 凪紗