横須賀市の家庭に根付く「のりだんだん」って何?マニアが「名物にならなくてもいい」と語る理由

2023年9月25日

お弁当の中の1つのジャンルとして確立されている「のり弁当」。“のり弁”と呼ばれて老若男女問わず親しまれているが、そんなのり弁を少し豪勢にした弁当があるのをご存知だろうか。それが「のりだんだん」という弁当だ。

「のりだんだん」は、「そのほうがおいしいから」という理由で通常ののり弁にさらにのりとご飯を重ねているもので、さまざまな地域で食べられているが、特に名称がない場合が大半。しかし神奈川県横須賀市では「のりだんだん」と呼ばれ、概ねそれで通じるようだ。だが、「のりだんだん」には明確な定義などはなく、特に“名物”とならないまま、今日もただ静かに横須賀市内の家庭で「のりだんだん」が作られ、口にされているという。

この静かに浸透する「のりだんだん」を追求するため、かつてSNSで「のりだんだん協議会」というサイトを立ち上げていた人がいる。横須賀市の中心部に「よこすか猿麺」という麺料理の店を構える大湊雄治さんだ。今回は、大湊さんに「のりだんだん」について解説してもらいながら、その謎に迫る。

横須賀市民の弁当の定番「のりだんだん」。実は“名物”ではなくて…?


昭和初期から「のりだんだん」と呼ばれていた説?

大湊さんが「のりだんだん」を「横須賀市特有のものかもしれない」と思い始めたのは、県外の人と接する機会があってからだそう。

「地元では、どの家庭でも『のりだんだん』は定番弁当で、呼び名もこの『のりだんだん』だったように思います。しかし、県外の人はもちろん、横須賀市外の人に『のりだんだん』と言っても通じませんでした。隣の横浜市や三浦市などでも『のりだんだん』という弁当を知らない人が多くて、まずこれに驚きました。そのため、当初は『あれ?のりを重ねる弁当は横須賀特有の慣習なのかな?』とも思ったのですが、その“のりを重ねた弁当”自体は他県や市外でも見かけられるものでした。要は呼び方なんでしょうけど、それにしては横須賀市は『のりだんだん』率が高い。この辺の謎を冗談半分で解明するために、SNSで『のりだんだん協議会』というアカウントを作り、横須賀市内外の人から『のりだんだん』にまつわる情報を集め始めました」

「のりだんだん」の図解提供:のりだんだん協議会


この「のりだんだん協議会」を使ってさまざまな情報を得た大湊さんは、ついに「のりだんだん」についてある一説にたどり着く。

「まず、横須賀で『のりだんだん』が浸透したのは、横須賀市の走水というエリアがのりの産地だったことで、盛んに『のりだんだん』や『のり弁当』が浸透していったと見るのが有力です。歴史は結構長いようで、うちのおばあちゃんなんかも普通に『のりだんだん』と言っていましたし、また、1926年生まれで両親が横須賀市出身の直木賞作家・山口瞳氏の作品にも『私は子供のときからノリダンダンと言い馴らしていたので、正式な呼称を知らない』という記述があります」

なお、「のりだんだん」で検索すると北海道にも「海苔だんだん」という名物弁当があることがわかるが、これと横須賀の「のりだんだん」との直接的な結びつきは特にないようだ。調べれば調べるほど曖昧模糊なものとなり、ベールならぬのりに包まれてしまうのもまた、横須賀の「のりだんだん」の特徴でもあるようだ。

「よこすか猿麺」の「のりだんだん」作りの様子。まずご飯の量を丁寧に測る

ご飯を容器に盛ったあと、のりを専用タレに浸す

ご飯の上にのりを乗せ、さらに同じ工程を繰り返して完成!


大湊さんは「のりだんだん協議会」の活動をさらに派生させ、2014年に地元で開催された「よこすか産業まつり」というイベントの中で「のりだんだんサミット」を実施。地元の人たちが家庭で作った「のりだんだん」を持ち寄り、「のりだんだん」についてひたすら語り合うというものだった。

「参加される方に思い思いの『のりだんだん』を持ち寄っていただくのと合わせて、ブースでも300円で『のりだんだん』を販売しました。さらに、大きな日本地図を用意して、来場者の方の出身地に対し、“『のりを重ねた弁当』を『のりだんだん』と言うかどうか”をシールで貼ってもらいましたが、やはり明らかに『のりだんだん』と呼ばれている地域が横須賀あるいは三浦市の一部に限定されるものだということがわかりました。今ならSNSはもちろん、ネットのアンケートフォームなどを使えばもっと簡単のデータを収集できるんでしょうけど、このアナログな感じもまたおもしろかったですね」

地元に根付きながらも、「のりだんだん」を出す弁当屋が少ない理由

今回の取材に準じて横須賀市内の弁当店をいくつか回ったが、「のり弁当」はほとんどの店の定番メニューにありながらも、「のりだんだん」という商品名の弁当を見ることは少なかった。やっと購入できたのが、大湊さんが営む「よこすか猿麺」と、市内の精肉店「ヨコスカミートマルシェ」、そして三浦市に近い長坂エリアにある「日本フーズ」のみだった。

筆者が横須賀市内で買えた「のりだんだん」。写真中央が「よこすか猿麺」の弁当(680円)、写真左上が「日本フーズ」の弁当(550円)、写真右上が「ヨコスカミートマルシェ」の弁当(670円)


もちろんほかの店にもあるかもしれないが、大湊さんに尋ねてみても「おそらく弁当店で『のりだんだん』という名称で出しているのは、横須賀市内ではそのくらいじゃないでしょうか」とのこと。

「『のりだんだん』はあくまでも横須賀の“家庭のもの”であって、“横須賀の名物商品”というほどの現象には至っていないから、出す店も少ないんです。でもその感じがまたおもしろくて、家庭ごとに思い思いにのりを重ねた『のりだんだん』があり、いわゆる“おふくろの味”が受け継がれていたりして、知れば知るほど興味深いものでもあります」

ちなみに、今回購入した3店舗の「のりだんだん」は、よこすか猿麺がのりを主人公にした弁当であるのに対し、ヨコスカミートマルシェがのり弁部分の上に鮭、唐揚げ、卵焼きをのせたもの、日本フーズではご飯とご飯の間にのりを挟み、おかががふんだんにかけられたものだった。

「この多様性もまたおもしろいんですけど、つまり『のりだんだん』って、“のりとご飯を何層か重ねている弁当”というくらいで定義はないんです。ちなみに、うちで出している『のりだんだん』はイートインでも出していますが、個人的には少し冷めてのりがしっとり馴染んだほうがおいしいと思っています」

よこすか猿麺の「のりだんだん」

ヨコスカミートマルシェの「のりだんだん」

日本フーズの「のりだんだん」


「あくまでも“家庭の味”“おふくろの味”のままでいい」

横須賀市外の人間からすれば、「のりだんだん」という独特の弁当が根付いているのだから、もっと名物として盛り上げるほうが有意義なのではないかとも思うのだが、大湊さんは最後にこう話してくれた。

「僕もそう思っていた時期があります。それこそ『よこすか海軍カレー』のように、地元の飲食店や行政と一緒に盛り上げていくといいんじゃないかとも考えたこともあったのですが、今はあくまでも“家庭の味”“おふくろの味”としての『のりだんだん』でいいんじゃないかと思っています。そのほうが結果的に横須賀に『のりだんだん』が根付き続けるでしょうし、自由に『のりだんだん』を楽しめますから。家庭によっては『のりだんだん』を3段にするとか、のりとご飯の間にふりかけをかけるとか、楽しみ方がさまざまです。定義はあえてなくてよくて、思い思いの作り方で楽しむ…これが横須賀の家庭に根付く『のりだんだん』だと思っています」

かつて「のりだんだん協議会」を運営していた「よこすか猿麺」を営む大湊雄治さん。同店は麺料理専門店だが、「のりだんだん」ももちろん販売


取材・文=松田義人(deco)

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