「人間関係はお金に換算できない」中華鍋のカリスマブランド・山田工業所のビジネス論とは?

2024年5月22日

仲間を思い、「長い目」で見ることの大切さ

現在の山田工業所の卸先は120社に限定している。これ以上増やすと生産が追いつかないという理由もあるそうだが、それよりも山田さんが重要視するのは、卸先を増やすと、「業者同士で食い合ってしまうことがあるから」だとか。

また、仮に山田工業所が一定の価格で卸した中華鍋が、卸先でその数倍の価格で販売されていたとしても、「業者同士で食い合っていないのであれば大いに結構」だとも山田さんは言う。「それは卸先の企業努力によってその価格になっているわけで、うちの中華鍋で取引先すべてが儲けてくれているのだから」と、むしろ喜ばしいことだと考えているそうだ。

「商売の鉄則として、『買う』『売る』『作る』『仕入れる』のすべてが得をしなければいけない。そうじゃないと成り立たないわけです。どこかひとつでも損をするところが出てくると、途端に崩れてしまう。仮に一時的には成立したとしてもそう長くは続かないでしょう。よくテレビの情報番組で『この店の特売がすごい』と特集することがあるけれど、ああいうのも私は疑問に思っています。お店というのは、それぞれ経営条件が違うものです。『家賃を払っているか・いないか』『人を雇っているか・いないか』とかね。そういった背景があるなかで、ほかより安いことを声高にテレビで紹介すると、その店だけに人が群がる。『消費者のために安い店を紹介することはいいことじゃないか』と言われるかもしれないけど、別の店にとっては暴力なんじゃないかと感じます。単に“安い=素晴らしい”という発想は、一時的なものでしかありません。一時的な利益を追いかけるのではなく、長い時間をかけてその業界にかかわるすべての人たちが助け合って生きていけるような関係にならなければいけない。単に“安さ”を追いかけるだけでは、長い目で見れば、誰も得をせずに終わるんじゃないかと思います」

ここまでの“安さ”をめぐる話について、山田さんが力強く語るのは、過去の苦い経験が理由だった。

山田工業所の「打ち出し中華鍋」の市場価格は、安いもので5千円前後からとなっている。高品質であり、「打ち出し」という技術力と手間を考えれば極めて安い価格設定に思えるが、さらに卸し価格ともなれば、当然その何割も安い。

この良心的な価格設定もまた、「仲間(取引先)が儲からないといけない」という思いが反映されているものだと思うが、あるとき、山田さんのもとにある相談が持ちかけられた。

「20年以上付き合ってきた卸先の会社からの相談だったのですが、あるとき『5%まけてくれないか』と言ってきました。その理由を尋ねると、『お客様に10%安く提供したいから』ということでした。しかし、それは『売る』という仕事を行う側の問題で、うちには関係のない話です。うちは卸先に儲けてもらうために、そもそも安い価格で卸しているわけですからね。そこで『それはおたくが10%儲けを引けば済む話でしょう』と言ったところ、『そんなことを言うのは山田さんのところだけですよ』『よそにも全部そのようにお願いしています』と返されました。裏を返せば、『お前んとこの中華鍋を売ってやってるんだから、それくらいの条件飲め!』ということなのだと受け取りました。

その話を聞き、私はその会社まで出向いて、『わかりました。今日いっぱいでおたくとの取り引きはやめさせてください』と言い、帰ってきました。ところがその後、その会社の従業員が社長に掛け合ってくれて、『山田さんのところは従来のままでいいことになりました』と言うわけです。それを聞いて、『うちはおたくとはもう取り引きしないと言ったでしょう。もし、もう一度一緒にやると言うのなら、うちにとっては新規顧客として考えますが、5%の重みを知ってもらいたい。だから、これまでより5%高くしないと卸さない』と言いました。それ以来、その会社は従来よりも5%高く買ってくれています」

ここで山田さんが頑として卸し価格を変えずに対峙した理由は、単に利益的なものではない。ここで価格を落としてしまっては、同じ卸し価格で頑張ってくれているほかの業者に申し訳がたたないこと、そして日々高品質で適正価格の中華鍋を作り続ける山田工業所の従業員にも申し訳がたたないという思いからだったそうだ。

「三代目となるうちの倅にはこう伝えています。『今のお客さんが、ずっと自分のお客さんでいられるような商売をしろ』と。しかし、金額をまけることは『ずっと自分のお客さんでいられる』ということとは違うんです。その場の金額のことだけですから、やがて関係は崩れていくと思います」

ピンチを乗り越えられたのも「仲間」のおかげ。新規契約は“新しい友達作り”

こういった誠実な思いのもとで製造を続けてきた山田工業所。しかし近年、大ピンチが訪れた。それは、メイン資材のひとつとなる「1.2ミリの鋼材」の供給がストップするというものだった。

「1.2ミリの中華鍋は軽くて人気で、特にプロの料理人たちがこぞって注文してくれるものでした。それまでうちではさまざまな鋼材屋さんが営業に来ても、『うちは1社だけって決めているから』と全部断っていましたが、やむを得ずほかの業者をあたることに。でも、どこに聞いても『1.2ミリはやっていません』と言います。本当に困りましたが、うちにとっての1.2ミリの重要性とこれまでの関係を汲んでくれた商社が鋼材メーカーに掛け合ってくれて、『山田さんのところを守る』ということで、特別に1.2ミリの鋼材の製造を継続してくれることになりました。“安さ”だけで取引先を選ばず、“その人”を信頼してやってきたからこそ、守ってもらえたのだと思いました」

最後に山田さんは、現在、山田工業所の技術と事業を継承中である息子さんに伝えているという“大切な話”も教えてくれた。

「取引先を『仲間』とすることは大前提にしても、『仮に知らない人であっても本当に困った相談が来た場合は全部受けろ』と言っています。取引先や同業者は全員その道のプロで、そのうちのどこかが困っていて、それをうちが断ったら、その業者は路頭に迷うことになる。なので、『そういうときは新しい友達作りだと思って受けろ』と言っています。そして、それは本来の商売ではないわけだからお金も取らなくていい。いつかその『友達』のビジネスが軌道に乗り、うちを思い出してくれたときにお金をもらえばいいんだから、と伝えています」

山田工業所の応接室にあるいくつもの試作品。これらの中には“困った相談”に応じるべく試作されたものもある


深いシワをさらに深くするように、「こんなんだから息子から『頑固親父』って言われるんですよね」と笑う山田さん。山田さんの話は、多くのビジネス書にある「いかにして他者を出し抜けるか」といったものとは真逆のものだと感じた。多くの人がビジネスでの成功を目指していると思うが、一歩立ち止まり、今回の山田さんの話を“大先輩からのアドバイス”として受け止めてみると、ビジネス以上に大切なものが見えてくるかもしれない。

取材・文=松田義人(deco)

  1. 1
  2. 2

ウォーカープラス編集部 Twitter