観客ファーストの花火大会と、受け継いできた花火に込める想い。菊屋小幡花火店の熱き情熱

2024年6月28日

夜空を彩る大輪の花とともに生きる、花火師のリアルな日常

――年間を通して、どういった流れで仕事をしているんですか?

【小幡知明】年間でいうと、近年は夏場の7月中旬から9月中旬までが打ち上げの繁忙期です。このシーズンに花火大会が集中します。作った玉を準備して、各地の花火大会で連日打ち上げを繰り返しています。ただ、この時期は一番暑いので、火薬の取り扱いには向いてないんですよね。気温が上がって黒い火薬は熱の吸収がよくなり、かなり温度が上がってしまうんです。燃焼性が非常に高く、ちょっとした衝撃や摩擦で火が出てしまうこともあります。作る人間も暑さでバテてしまうので、製造には向いていない時期なんです。だからこの時期に花火を上げるのが広まったんじゃないかなと私は思っています。そして暑さのほかにもうひとつ、夏の花火が定着したのは、雨が降りやすいので火事の心配が少ないとか、いろいろな背景があると思います。

猛暑となる夏場の発火事故を避けるため、あえて製造せず打ち上げの繁忙期としたというのが、小幡さんの考え【撮影=阿部昌也】


【小幡知明】花火大会が終わると、夏の疲れが溜まっているのでいったん休んで、体を休めたあとにまた製造を始めます。9月からシーズン前まで、基本的にずっと製造を続けています。ただ毎年、夏が終わってから、次のシーズンに向けて「来年はどうしようか?」と話し合いながらやってるんですけど、とにかくここのところ忙しすぎるんです。コロナで花火が一度なくなり、徐々に復活してきました。主催者さん側に、祭りを再開できる体制が整ってきたのはありがたいんですが、我々がコロナで負ったダメージは大きいので、そんなに簡単に花火は作れないんですよ。製造をやめていた期間もあるので、手が少し不慣れになったりもしています。

【小幡知明】でもそれに精一杯応えようと忙しくやっているので、新しい花火の研究に時間を割くことが難しくなっています。とはいえ今は、玉のストックを増やしつつ、新作の研究にも時間を割いているのでフル稼働している状態です。それでも、依頼が多くてスケジュールが合わないこともあります。近年では主催者さんがスケジュールを調整してくれるようになってきました。

花火の命とも言える“星”を作る作業。造粒器でぐるぐる回転させながら星の大きさを調整していく【撮影=阿部昌也】


【小幡知明】作業工程としては、まず火薬になる原材料を計量して配合し、たとえば赤い炎を出す火薬を作ります。それを、粉の状態だと一点の光にならないので、丸い粒、星と呼ばれる光の粒を作ります。このあとの作業は分担し、玉を込める人は玉を込め、玉を張る人は玉を張る。ひたすらこの作業を繰り返していますね。そして、新しい人には、安全性を重視して火薬に直接触れないけど重要な仕事である玉張りをやってもらっています。何年かやって自分の花火を作りたいという想いが強ければ、違う玉込め作業や星かけ作業に移ります。

【小幡知明】さらに、近年では、花火の上げ方も変わってきています。昔は直接火をつけて花火を上げることが醍醐味でもありましたが、今は安全性を考慮して遠隔点火やプログラムを組んでやることが増えてきました。最近はプログラムを組みたいという人も増えてきているんです。

――最終ジャッジ、「これでOK!」といった、Goサインのような判断基準はどういったものになるんですか?

【小幡知明】基本的には、星が仕上がった段階で燃焼試験を常にしています。燃え方を見て、使えるか使えないかは判断できます。いいか悪いかは別ですが、使えるかどうかはわかるんですね。地上で燃やしてみていい色だと思っても、花火にしてみると暗かったり、色が薄かったりすることがあるので、配合の比率を変えたりしながら、もっといい色を出すようにしています。これをずっと繰り返していますね。

――花火師になるまでって、どれくらいの期間が必要なんですか?

【小幡知明】世間の考えと我々が考えているのとではまるで違うと思います。我々からすると、ずっと半人前っていう気持ちが強いと思います。理由は先ほどもお話ししたように、完全に思った通りのものはなかなかできないから。やっぱり足りない部分があるわけですよね。これは何年やり続けても、ずっとたどり着かないことだとも思います。

【小幡知明】そういう思いがあるので、自分で「花火師です」と名乗ることはほぼありません。テレビなどのメディアで「花火師の○○です」と名乗ることはあるかもしれませんが、花火師の「師」というものはそんなに軽くないと考えています。最終的に、亡くなったあととかに「あの人はすごい花火師だった」と言ってもらえれば、それでいい気がします。生きているうちにそんなに求めなくてもいいかなと。ですが、周りの方がそう呼んでくれることは、大変ありがたいことでもあります。

天日で干した玉は、数時間おきに転がしながら、じっくりと乾燥させる【撮影=阿部昌也】


――何人くらいで花火を作っているんですか?

【小幡知明】今、私を含めて11人でやっています。全体の平均年齢は45歳くらいですね。一時はみんな若くて、これから伸びるんだろうなと思っていたけど、気がついたらだんだん平均年齢が上がってきている感じです。ただ、少し人手が足りないかなって感じるくらいが、ちょうどいい規模かなと思っています。

――花火職人に向いている人ってどんな人ですか?

【小幡知明】これはやってみないと本当にわからないんですけど、一番大事なのはやっぱり花火が好きだという想いがある人ですね。あとは、一見、器用な人のほうが向いてそうですが、不器用な人でも努力を続けて気持ちが折れなければ、後々、花開く可能性があります。だから、花火が好きで不器用な人のほうが向いているかもしれません。コツコツ同じ作業を続けられることが最も大事です。

玉込めは重要な工程。クラフト紙のテープを何重にも貼り合わせ、コロコロと転がしながら空気を抜いていく【撮影=阿部昌也】


――普段、募集を出したりもするものですか?

【小幡知明】うちは、この何十年って募集は出していないですね。人手が欲しいときに「やりたい」という声がけがあれば、基本的にはアルバイトから入ってもらっています。ただ、いきなり就職先として来られると同じモチベーションで続けるのが難しいこともあるので、やっぱり花火が好きな人に集まってほしいですね。

――ケースバイケースだと思いますが、花火の依頼は打ち上げのどれくらい前に来るものなんですか?

【小幡知明】短いと1カ月前とかに依頼が来る場合もあります。予算に合わせて準備はできますが、やれることが少なくなってしまいます。準備期間は長いほうがいいですが、やはりそこはお互いの信頼関係が重要になってきますね。

【小幡知明】たとえば、もてぎさんの場合、8月14日と1月2日はもう空けています。早い段階で「来年もやる」ということを伝えてくれるので、計画的に製造をスタートすることができます。

花火を作るには膨大な時間がかかるので、主催者側との信頼関係も重要なファクトとなっている【撮影=阿部昌也】


【小幡知明】もてぎさんの場合は担当が変わったとしても、後任の方に「こういうことはやったほうがいいんじゃないか」といったアドバイスをしてくれます。それがお互いのためでもありますね。それから、近年は少しずつ民間との取り組みも増えてきています。最近は音楽のイベント業界からの依頼が増えていますが、あまり営利目的の道具になるとそれはそれでバランスが崩れてしまうので、趣旨がおもしろければ賛同してやりますが、そこはかなり慎重に考えています。

――花火大会や競技会に出る際は、どういった体制を組んでいますか?たとえばもてぎさんのケースでは、当日は何人くらいで現地に入るんですか?

【小幡知明】大会の規模によって違いますが、1日で準備するのか、2日で準備するのかで決めています。新規以外の場所では「このくらいの人数がいれば大丈夫かな」というところで人数を決めます。社員以外にも打ち上げを手伝ってもらっている方がいるので、6月終わりくらいに一度集まっていただき、スケジュールをお知らせして「いつ出られますか?」と確認します。慣れた人で定着している現場があり「ここの現場は毎年行っている」という人にお願いしつつ、経験を積ませるために少し若手も導入する感じですね。

【小幡知明】もてぎさんの場合は、なるべく初めての人たちも連れて行くようにしています。それは、規模の大きいところで経験を積んでもらうため。一般の人が入れないところで作業ができるのもいい経験になります。人数はおおむね決まっていますが、メンバーは筒の固定や点火の配線を担当する人を見定めて決めます。全体の流れを見て、担当する人を決めるのも私の役目です。

【小幡知明】夏は前日から準備して。冬は1日ですが、延べでいえば40人弱くらいですね。花火大会の規模や設置場所の広さによっても変わります。もてぎさんの場合は事前に全部工場で仕込んで、当日に持って行きます。ほかの花火大会はだいたい当日の朝に工場で玉を筒にセットしてから出発します。

――一般的な花火大会や競技会では、ほかの花火師さんが上げる花火も見るものですか?

【小幡知明】見ます、見ます。ただ、よその花火だけを見に行くことは最近あまりしなくなりましたね。自分たちが打ち上げる会場で周りの花火も一緒に見ることが多いです。見ていると「あそこいいな」とか、よその花火を見るといいところがけっこう見えるんです。自分たちの花火は悪いところだけが目につくのに(苦笑)。

「よその花火は、不思議と良いところが目立つんですよね。逆に、自分たちの花火は、すぐ悪いところに目がいってしまうんです」と話す小幡さん【撮影=阿部昌也】


――花火師さん同士の繋がりはあるんですか?

【小幡知明】繋がりはあります。若い世代が出るようになってからは、比較的フレンドリーになり、情報交換も盛んになってきています。特にコロナの時期は、みんなで協力してどうしようかと考えることが増えました。いろいろな新しい花火大会の形が出てきて、最近では、どこの花火屋さんが上げている花火かという部分も注目されています。どこの花火屋さんが手を組んで協力しているといったことが興味を持たれるケースも増えていますね。

――花火大会の変化について教えてください。特徴や昔と変わってきている部分などはありますか?

【小幡知明】特徴としては、音楽ありきでやっているところが多くなってきています。音楽の使い方もかなり変わってきている気がしますね。もてぎさんでは、早い段階から全編で音楽を使い劇場型の演出を取り入れていました。最近ではフィギュアスケートなどほかのところでも、「劇場型」という言い方をするようになってきて、今思えば、もてぎさんがその走りだったと思います。みんながまねしたくなるような最先端のやり方をしていたんだなと感じます。そういう意味では、もてぎさんでの経験は本当に貴重で、いろいろな経験をさせてもらって成長できたかなと思っています。

――花火師になる前となってからでは花火大会の見方は変わりましたか?

【小幡知明】子どものころから花火大会に行っていたので、ずっと見続けていました。それから、これは多くの人がそうだと思いますが、若いころは、花火大会で花火を真面目に見ていたのかというと、誰を誘うかとか、花火のあとどうしようかとか、そっちに考えはいっていました(笑)。花火が上がれば「ああ、きれいだね」と思う程度で。花火大会というよりは、お祭りに参加する形でした。ひとつのきっかけというか、デートする場所だったりしましたね。ただ、花火が上がると「ああだこうだ」とうんちくを語りながら見ていたので、私と一緒に花火に行くと知識は高まるかもしれないけど、きっと楽しくなかったんじゃないかなと思います(笑)。

【小幡知明】私たちが考える花火大会の理想系は、観客ファーストです。見ている人たちが飽きずに楽しんでもらえるような構成を心がけています。最近では、企業協賛の重要性や継続するためのやり方も必要だと感じていますが、来た人が喜んで帰ってくれれば、また来年も来てくれると思いますし、それが協賛する側のメリットにもなると思います。観客の満足度を上げること、そこに一番注意しながらやっています。

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