松竹梅(宝酒造)
京都・伏見 松竹梅の歴史
調味料の「タカラ本みりん」、ソフトアルコール飲料の「タカラcanチューハイ」、誕生から100年超愛される「宝焼酎」など、日本酒以外の商品も豊富なこともあり、身近な存在のイメージの宝酒造。もともと、四方家4代目・四方卯之助が京都・伏見で、1842(天保13)年に日本酒の製造・販売権利の譲渡を受けたのが酒造りの始まりです。
しかし、明治・大正期は日本酒の生産数量も少なく、焼酎やみりんを中心に事業を拡大。1925(大正14)年に合名会社から株式会社への改組を果たし、寳酒造株式会社が誕生したのですが、宝酒造が本格的に日本酒造りに乗り出したのは、全国区となる「松竹梅」という銘柄の取り扱いを開始した1933(昭和8)年。つまり、宝酒造の本格的な日本酒造りは「松竹梅」で始まったというわけなのです。
そんな経緯から、2017(平成29年)には創業90周年事業として伏見に「宝ホールディングス 歴史記念館」もオープンしています。研修施設のため、一般客の受け入れは行っていませんが、創業の地・伏見に対する思いは熱いですね!
酒造メーカー大手だからこそのプライドと技術力!
現在、松竹梅が手掛ける日本酒で最も広く知られている商品といえば、スパークリング清酒「澪」。日本酒を普段飲まない人をも魅了し、日本酒ファンの幅を広げた立役者と言っても過言ではありません。そんな「澪」をはじめ、白壁蔵<生酛純米>、白壁蔵<純米大吟醸>を作っている工場が兵庫県神戸市東灘区にあります。今回、特別に「白壁蔵」の製造エリアを見学させてもらいました。
案内してくれた工場長の碓井規佳さんは酒造りに関わって30年以上のベテランで、とにかく日本酒造りへのこだわりがすごい!熱の入った説明すべてを事細かに文字にすると、とんでもないボリュームになりそうです。ですので、まずは端的に松竹梅のこだわりをまとめます。
【その1】「白壁蔵」における酒造りは、伝統的な手仕事と最新鋭のマシンの共生である。
【その2】よりおいしく、高品質な日本酒を造るために、“ベター”な設備はすべて採用。
【その3】偶然ではなく、積み上げて、培ってきた技術・知識をフルに活かし、計算の上で最高の日本酒を造る。
この3点が「白壁蔵」における日本酒造りのポイントです。どういう意味か、例をあげながら碓井さんに説明してもらいました。
「まず、【その1】ですが、当社は1842(天保13)年から日本酒を作ってきた歴史があります。つまりそれは伝統的な酒造りで、もちろん現在でも基礎となる部分。一方で、大量生産するにあたり、すべてを手作業で行うことはできません。そこで、最新鋭の機器を随所に導入しているというわけです。例えば、日本酒造りのスタートとなる精米機。精米機がある酒蔵ということ自体珍しいのですが、当社はそこからこだわります。米が割れないように、じっくり時間をかけて精米をしていく。なんでもそうですが、最初が肝心なんです」と碓井さん。
【その2】はどういう意味でしょう?
「例えば、AとBという選択肢があったとして、Aの方が性能として優れているけど、Bの方が安価だ、ということはよくありますよね。「白壁蔵」に設備を導入する際、すべてより良い性能、より良い酒造りができるものを選びました。ですから、当社が考えうる最高の環境で日本酒造りを行うことができています」
【その3】について碓井さんは、
「日本酒造りに関わる人間が、できる限りコントロールするということです。私たちはいつも同じ味わい、クオリティの日本酒を造る義務があります。そうするためには、“偶然”ではなく、ロジカルに狙った味わいを作り出す必要がある。導入する設備の選択もそうですし、運用する際も状況に合わせて、常にその点を考慮しながら行っています。つまり、いつ何時も、お客さまにお届けする味わいは同じものを徹底するということ。それが私たちの信念であり、プライドです」と話してくれました。
これだけのこだわりを持って日本酒を造り続けてきたからこそのブランド力。普段何気なく味わっていた「澪」にも、根底にそんな思いが流れていることを知ると、また味わいの感じ方は変わるかも知れませんね。
●宝ホールディングス 歴史記念館
住所:京都市伏見区竹中町609番地(研修施設につき非公開)
取材・文=諫山力(knot)
撮影=東野正吾(PHOTOLAND107)