スターバックス閉店3時間前から20%オフ。フードロス対策から生まれたポジティブなサイクル

2023年3月20日


立ちはだかる6つの課題。完璧にするのではなく、トライ&ラーンで磨いていく

施策開始までは2年間を要した。森田さんによれば6つの課題があり、そのため多くの部署との協議が必要になったそうだ。

「1つ目はブランディングへの影響。私たちは人を大事にするのと同時に、ブランドも非常に重要視しています。『正しいことをするのであればディスカウントはそもそも必要ないのでは』『目的を見失ってしまうとただのディスカウントとしての印象しか残らないのでは』といった意見も出てきました。2つ目はパートナーエンゲージメント。スターバックスの特徴として、パートナーに対して上から何かするようにと指示を出すということはなく、“一緒にやろう”という共感を大事にしています。現在約1800店舗に5万人のパートナーがおり、さまざまな価値観があるなかで、ディスカウントという大きな意思決定について丁寧に会話を進める必要がありました。3つ目はコミュニケーション。立ち上がりはいいけども、その後のメッセージが形骸化していくと“ただの値引き”になってしまう。パートナーには普段の業務もありますし、パートナーの入れ替わりに対して目的をどう引き継いでいくかという問題がありました」

「4つ目はプログラム自体がサステナブルであるかどうか。ディスカウント販売は利益率に対してマイナスのインパクトになります。長期的に継続していけるかというビジネス上の問題がありました。5つ目はシステムインフラ。発注システムやレジシステムにどう改修を加えていくか。ヒューマンエラーを防ぎ、パートナーたちへの作業負荷にならない形を模索する必要がありました。最後にガバナンス。ディスカウント販売の売り上げの一部は寄付にしているのですが、これは必要なことなのか、誰に渡すのか、透明性を大事することが求められました。こう話すと制約条件が多すぎて八方塞がりなようですが、パートナーたちの熱い思いがあってブレイクスルーしていったと感じています」

2020年1月にはパイロットテストを実施。そこで上がってきた問題点を解決しながら本実施に向けて動いていった。

夜にディスカウントをすることで、昼間に買い控えが起きるのではという懸念もあったが、そういったことは全く起きていないそう。むしろ、夜の時間帯にフードの併売率が上がっているのだとか【写真提供=スターバックス コーヒー ジャパン】

「この施策の特徴は各店舗の任意で実施するというところ。安くしてセールスを伸ばすという発想ではなく、あくまでも廃棄を減らすためです。在庫のコントロールがうまくいったらやりません。どのタイミングでスタートするのか、現場での判断に任せているのでパートナーたちは随分緊張したようです。ドキドキして開始できなかったとチャットが来たときもありました(笑)。お客様が並んでいるときにここからは定価でここからは値引きですというふうにはできないので、やりそびれてしまったとか、ディスカウントについて説明がうまくできなかったとか、レジの押し間違えがあったといった声が上がってきました。パートナーたちとは、失敗しながらやっていきましょうと話をしていました。肩の力を抜いて、中・長期的に取り組んでいきましょうと」

施策開始から1年以上が経過。店舗での運用はスムーズになってきたのだろうか。

「パートナーも随時入れ替わってくなかで、導入当初の目的を忘れずに問題意識を持ち続けるためには何をすべきかを常に考えています。eラーニングで引き継ぎをしたり、他店舗の成功事例をシェアして、意識を共有するようにしています。日々トライ&ラーンです」

売上の一部はNPO法人に寄付「ポジティブなサイクルを伝播していきたい」

さまざまな課題をクリアしながらスタートした施策。売上の一部は認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえに寄付をしている。食品廃棄量を減らすという点ではディスカウント販売だけでも効果があるように思うが、そこにさらに寄付という要素を付加したのはなぜだろうか。

「ポジティブなサイクルを自己完結せずに広げていきたいと考えています。自社の発注システムの見直しによる廃棄量の抑制は社内のみでの話です。しかし、フードロスの削減量に重きをおいたとき、これまで取り組まなかったディスカウント販売に踏み切り、お客様にも活動に参加してもらうことにしました。なぜこの施策をスタートするのか?という点をよくよく協議していったときに、会社のコミュニティだけで完結するのではなく、このポジティブなサイクルをほかのコミュニティに伝播・貢献できないかという話になったんです。食べ物をそのまま寄付するのが一番手っ取り早くはありますが、我々の商品は消費期限が短いので、配送コストや時間を考えるとかえって非効率的になってしまいます。ではどうやって私たちのサイクルを伝播していくかを考えたときに、こども食堂を支援している『むすびえ』に行き着いたんです。こども食堂という取り組みをサステナブルに運営していく支援ができたらと思っています」

2022年5月の寄付によって、新潟県内のこども食堂をつなぐネットワーク組織を構築し、こども食堂の新規立ち上げや食材提供をサポートしていく【写真提供=そだちえ】

むすびえに寄付を決めたのは、全国に展開するスターバックスとして、特定のエリアだけで完結するのではなく、広くやっていきたいという思いがあったからだそう。むすびえは42都道府県のこども食堂とのネットワークを持っている。施策開始から半年が過ぎた2022年5月、400万円の寄付が実現した。寄付を継続することで、むすびえのネットワークを全国に広げる手伝いをしていきたいという。

毎日5割の店舗がディスカウント販売を行っているそうで、着実に廃棄量は減っている。そのことにパートナーたちからも喜びの声が上がっているのはもちろん、お客様からの反応もよく、ポジティブなサイクルを広げられている実感があるとのこと。

「先日、ある店舗のPOPを小学生が見て、学校でフードロス削減対策について講義をしてくれないかと小学生自らが店舗に依頼をくれました。その学校ではいろいろな会社のサステナビリティについて講義を受けているようで、それもあってのことなのですが、小学生が自発的に動いているということで、本当に驚かされました。実際に講義もしたのですが、その感想で『ディスカウントを一律ではなく、任意でやっている。その売り上げを追わない姿勢に感動しました』と言われて、すごいと感じましたね。積み重ねでやっていることに興味を持ってくださり、こういう反応をいただけているというのはパートナーたちのモチベーションを高めてくれます」

毎日やっていないということは、ディスカウントを期待して来店したらやっていなかったとクレームが入ることはないのだろうか。

「そのような問い合わせが、私たちがなぜディスカウントをしているのかという説明のきっかけになると考えています。私たちは目的意識を失わずに取り組むことと同時に、実際にフードロスが減ることにこだわっています。ですので、お客様の入口は安く購入できることでも問題ないと考えています。『なんで安いんだろう?』と思ったときにPOPを見ていただいて、フードロス削減に寄与しているということに気づいていただくことで、共感してくださる方を増やしていけたらと思っています」

「お客様のニーズにマッチしなければ、ストーリーが正しくても買っていただけない。そこをどうクリアしていくかも課題です」と森田さん【撮影=三佐和隆士】

フードロス削減対策という“ストーリー”を背負う商品たち。「完璧にこだわりすぎて施策が尻すぼみになっていかないよう、各自工夫をして続けていくことが大事。2030年の目標に向けて一定の効果は見えてきましたが、ここで踏みとどまらず、変更を重ねながら取り組んでいきたい」と森田さんは語る。スターバックスのこれからの取り組みからも目が離せない。

この記事のひときわ #やくにたつ
・現場の声をよく聞く
・施策の目的を全体に共有する
・完璧を目指すのではなく、長期的に続けるためにトライ&ラーンの精神を大事にする

取材・文=西連寺くらら
撮影=三佐和隆士

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