筑波山を正面に望む自然豊かな栗原地区で、ワイン用のブドウを栽培し、ワインの醸造を行う「つくばヴィンヤード 栗原醸造所」。耕作放棄地を活かしたワインづくりを通して、つくば市のワイン産業の活性化をめざすオーナーの高橋学さんに話を聞いた。
もとは産業技術総合研究所で仕事をしていた高橋さん。定年を前に、新たな生き方を模索していた時に、北海道・余市のドメーヌ・タカヒコのオーナーと出会い、話を聞くうちにワインづくりにめざめたという。「彼のシンプルな生き方に憧れて、彼と同じように自分もいち農夫としてブドウを育てたいという想いに駆られ、決意しました」。なんでもやってみないとわからない、という研究者としての考え方が、高橋さんの背中を押したのだ。
大学で研究のためにつくば市へ来てから40年余、いたるところに耕作放棄地があることを知っていた高橋さんは、さっそく市役所へ相談。3年ほど使われていない70アール(7000平方メートル)もの土地を借りることができた。「しかし実はその土地には地権者が何人もいて、“ここはうちの土地だけれど、話は聞いていないよ”と言われる始末(苦笑)。一人ひとりの地権者に会ってお願いをして。でも、皆さん優しくて『使いたい人がいるなら使ってもらえたらいい』と言ってくださって、きちんと話をすればわかってもらえる人たちばかりでした」。
さっそく荒れた土地を耕し、第一農場を作ってプティマンサンという品種を約150本定植。「プティマンサンはとても酒質のよいワインができるブドウ。このブドウに出合わなかったら、ワイナリーを興すことはできなかったと思います。うちのフラッグシップですね」と高橋さんは話す。
その後、多くの耕作放棄地を借りて農場を3ヘクタール(3万平方メートル)まで拡大。ブドウも約5000本が定植されている。「実は子供が小さい頃、学童保育の父母会で出会った方がつくば市の農業委員会の元事務局長の方でした。この方のおかげで、地権者とのトラブルもなく農地を増やすことができました」と高橋さんは話す。人と人とのつながりが高橋さんのワインづくりを後押しし、つくば市の耕作放棄地にも新たな息吹を与え、緑豊かな風景を後世へ残すことにもつながっている。
高橋さんはワインづくりの過程で、つくば市のオーナー制度を取り入れている。登録した人は、一年を通して高橋さんの農場でブドウの栽培からワインの醸造まで体験できる仕組みだ。手伝いに来る人は世代も仕事も実にさまざま。「ワインが好きで」「週末に自然の中で土に触れたくて」などきっかけも多種多様で、中には実際に将来ワインづくりを行っていきたいと考えている人もいるという。いずれにしても、ここでの作業や体験を通して、新たな楽しみや生きがいを見いだしている人たちばかりだ。
「価値観を共有できる人たちとともに楽しく過ごす時間が持てるのがいい」と高橋さん。新たなコミュニティの創出はもちろんのこと、自然の中で汗を流しながら作業を行うことが日頃のリフレッシュになり、心身の健康にも一役かっているようだ。
高橋さんが育てるブドウは3〜4年経ってようやく収穫し、ワインになる。これらワインづくりの過程で出るブドウの搾りカスは、これまで農地の肥やしとして再利用していたが、つくば市内で“地域に根ざした養鶏場”をめざす『ごきげんファーム』の申し出で、ニワトリの餌の一部として再利用されることになった。放し飼いで育てられるニワトリの餌に再発酵させたブドウの搾りカスを混ぜることで卵がより一層おいしくなるそうだ。「完熟発酵させたものを使うので味がより一層よくなるのではないでしょうか。ブドウの残渣をこうした形で再利用してもらえるのはとても嬉しいことです」。
また高橋さんのブドウは食だけではなく、芸術の世界でも再利用されている。「私の義姉が美術大学の卒業制作で、ブドウの搾りカスを使った草木染めの着物を作りました」と笑顔で話す高橋さん。あらゆるブドウの搾りカス、葉、枝を用いて糸を染め、丁寧に織り上げた着物。ブドウといえば濃い紫色を想像するが、染められた着物は淡い紫紺色で、素朴な風合いも見事だ。「丹精込めて育てたブドウが、こうした作品づくりにも使われることは光栄です」。
今後はシャンパン方式による設備の導入と瓶内二次発酵によるプティマンサンのスパークリングワインの製造を目標にしている。「3年後には一般醸造免許である6000リッターの最低醸造量をクリア、10年以内には搾りかすを再発酵して蒸留し、グラッパを作りたいと考えています。あと30年は元気に生きて、夢を叶えていきたいですね」。