発売3日で完売!デザインアワードで最優秀賞を受賞した「紙カミソリ」。貝印が考える“デザインの力”とは

2023年8月28日

総合刃物メーカーとして部門全体でのデザイン力をアップ。ひいては会社の価値も高まる

貝印がデザイン性をより重視するようになったのはいつからなのだろうか。

「具体的に『今日からデザインを頑張るぞ』というようなことはないんですが、2000年ごろに当時の社長がマーケティング主体、ユーザー視点での商品開発をするべきだと打ち出していったのがスタートです。2000年代には弊社の開発の基本方針として『DUPS』というものを掲げるようになりました。『デザイン性に優れ(Design)、独自性があり(Unique)、特許に値し(Patent)、安全(Safety)&物語性(Story)』という意味です。こうした理念に沿った商品開発というものを推し進めるべきという会社方針が立ち上がり、それに従ってデザインに少しずつ力を入れだすようになりました」

2011年には組織改革があり、デザイン室が新設。大塚さんはそれまでは工場製品開発の部署でハサミやカッターのデザインを担当していたが、デザイン室所属となることで、貝印のすべてのジャンルのデザインに携わるようになった。

「以前は商品によって部門が分かれ、部門ごとにデザイナーが配属されていましたが、2011年以降には散在していたデザイナーが一カ所にまとめられて、各デザイナーがトータルでデザインをしていく体制になりました。専業で特定分野のデザインを担っていくことは、深みを増したデザインができるというメリットはありますが、総合的なデザイン能力やスキルの育成につながりにくい、属人化されてしまうという課題がありました。現在の体制になることで、組織としての総合的なデザイン力向上につながり、これは総合刃物メーカーとして非常に重要なことだと考えています」

デザイン部に所属するのは12名のデザイナー(2023年8月現在)。プロダクトデザイナーとグラフィックデザイナーという構成で、商品本体のデザイン、パッケージデザイン、カタログのデザインなどを引き受けている。複数のデザイナーがさまざまなアイテムを担当するにあたって、どのようにデザインの方向性を共有しているのだろうか?

「ブランドごとに世界観やデザイン言語、コンセプトが設定されているので、新商品制作にあたっての課題解決をどうしていくのかに加えて、ブランドコンセプトに合わせてデザインをチューニングするようにしています。デザインは感覚だけに頼って決めるわけではないので、常に会話のなかで抽象概念をみんなで共有し、最近はブランドのカラーや考え方を明文化し、規定を作ることもあります。また、数あるブランドを管理しているブランド企画部ともすり合わせをして、商品企画部・ブランド企画部・デザイン部の3部門で話し合いながら商品開発をしています」

紙カミソリ以外でも、貝印では調理器具、医療用品、美容用品とさまざまなジャンルのアイテムがグッドデザイン賞を受賞しているが、こうしたアワードは売り上げにつながっているのだろうか?

「売り上げに貢献したいという想いもあるのですが、正直なところ受賞によって売り上げが伸びているかどうかの数字はなかなか把握できません。ただ、会社自体の価値を上げることがデザインにできることだと思っています。具体的にいうと、人材採用の現場で『貝印ってデザインに力を入れている、おもしろいことをやっている、だから入社したい』という声をもらったり、海外メディアからの問い合わせがあったり。かつてはデザイン視点でのチャネル、タッチポイント(顧客接点)がなかったのですが、アワードを取ることで会社の価値を高めることに貢献できていると考えています。また、社内に対してデザイン部門のプレゼンス(存在感)を高めたいという想いがあります。我々のデザインはすごいんだよ、というのを自分で言ってもなかなか説得力を持たせられませんが、対外的な評価をもらうことで、一定水準以上のデザインを我々が作り出している証明になると思っています」

「デザイン賞の受賞が国内での売り上げに直結しているかはわからない」としつつも、海外展開においては、有効性を感じているのだそう。貝印は海外にも関連会社を展開しているが、特にヨーロッパでは高級商材を扱っていることもあり、デザイン賞の取得が宣伝に有効なんだそう。

関孫六シリーズの最高峰シリーズとして出された「要」。特徴的な切先は、和包丁をルーツとする「切付」形状で、細かい作業がしやすく機能性に富んでいる【画像提供=貝印株式会社】

ハンドル部から刃がゆるやかに反っているのは、対象物に効率的に力が加わる日本刀から着想を得ているそう。崩れやすい刺身も美しく切ることができる【画像提供=貝印株式会社】

「『関孫六』という包丁ブランドがあるのですが、2022年11月に出した“要(かなめ)”シリーズは『iF DESIGN AWARD』と並ぶ世界三大デザイン賞の『Red Dot Design Award』でプロダクトデザイン賞を受賞しています。ドイツのゾーリンゲンに弊社のヨーロッパ法人がありまして、そこから応募しました。特にヨーロッパ向けにデザインしたわけではないのですが、日本刀をモチーフにほかの包丁とは全く違う印象を持たせるデザインで、かつ食材を切るのに非常に適した形ということで評価していただいています」

デザインのプレゼンスを高めるということでは、8年ほど前からデザイン部門で社内向け内覧会を開催していたという。

創業111周年を記念して2020年1月に開催された「切るとは」展。展示ブースのデザインはデザイン部が担当。コーポレートカラーの青を基調に、貝印製品の切れ味のよさを表現している【画像提供=貝印株式会社】

「勉強会的に、新しいコンセプトを考えたり、モックアップやデザインモデルを作ったりして、社内向けに発表の場を設けていました。小規模ながら継続的に開催していたところ、2019年に創業111周年を迎えたときに、社内でデザイン部の活動を評価してもらえて、東京ミッドタウンでの『切るとは』展の開催につながりました。そこから毎年デザイン展をやるようになっています」

「切るとは」展は、4日間で累計4000人以上が来場。その後も六本木にある「21_21 DESIGN SIGHT」や「銀座蔦屋書店」など、デザイン感度の高いギャラリーでの展示会を開催。貝印のデザイン力を多くの人に認知させる機会を作った。

競合他社が多く存在する業界内では、デザイン力を上げることで他社との差別化、“貝印らしさ”をアピールできることになる。紙カミソリに続く革新的なアイテムの誕生が楽しみだ。

この記事のひときわ #やくにたつ
・新しい視点でのものづくりのためには、従来方法を無視することも必要
・組織として総合的なスキルアップが図れる体制を作る
・第三者からの評価を得ることで、社内外にアピールができる
・チャネルを増やすことで新たな商機を得られる

取材・文=西連寺くらら

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